宗教のめざすもの | 家庭連合の信者が幸福を科学すると

宗教のめざすもの

幸福の科学が魅力的だったところ、
それは爽やかな明るい宗教、未来型宗教というイメージだ。

宗教といえば、「迷信」とか「弱いものが信じるもの」と言われることが多く
普段は冠婚葬祭のときとか、地域の行事以外は用がない、
文化財か古い歴史の遺物か
そんなイメージを持つ人が多かったと思う。

表だって口にするのをはばかられる・・ような。

幸福の科学には
宗教を堂々と語り、誇ることのできる、そんな文化を作って行こう
発足時はそんな気概を感じた。

「偉大なる常識人となれ」
すばらしいスローガンだと思った。
共感した。

宗教は違えど、信仰を持つ一人の人間として、自らもそうあらねばと思った。

この20数年間、幸福の科学は私にとっていい刺激になってきたし、その存在に感謝している。

このブログでは、手厳しく批判しているけど、本当は初心を忘れずがんばってほしい
というのが正直な気持ちである。

大川隆法氏は2005年ごろ、心臓発作で危ない時があったという話も聞いたことがあるが、今も生きて現役で活動中ということは神様に生かされたのだと思うし、まだやるべき使命が残っているのだと思う。

今となっては、もはや軌道修正は不可能か・・・?


ユートピア建設というのは、宗教人みな共通の夢であろう。

文鮮明師の自叙伝には以下の記述がある。
「宗教も、自分の宗教のために存在するのではなく、愛と平和のために存在します。世界平和が成し遂げられれば、もはや宗教は必要ありません」

「宗教は神様の完全な世界に入っていくための手段であって、それ自体が目標ではないからです」


入教したばかりのとき、教会の先輩からこんなことを言われた。
「宗教をなくす宗教、それが統一教会なんですよ。
神様が親(父母)で、人間が神の子であるという、これが当たり前の世界になれば宗教は必要ないんです」と。

意外な言葉であったが、不思議と納得した。

教団の存続や発展は問題ではなく、
まして、他人からどう評価されるかが問題ではなく、
重要なことは、神様の願われるように生きることができるかということだ。

神を親とし、他人を同じ親(神)を持つ兄弟姉妹として
本当に家族のような情の関係を結ぶことができるか?
国や人種を超えて、そのような人間関係をどれだけ築くことができるか?
そして幸福な家庭をつくることができるか?

それができずしては、理想はただの「絵に描いた餅」にすぎない。
また、それはきれい事ではすまない、ほんとうにたいへんな道だと思う。
しかし、これ以上に夢があり、やりがいのある人生もないのではと思う。
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