世界中の霊能者と比較してどうだろう? | 家庭連合の信者が幸福を科学すると

世界中の霊能者と比較してどうだろう?


世の中には「降霊会」「交霊会」なるものが存在する。
霊媒を通して、死者の霊と語り合うというものだ。

世界中のキリスト教にもこのような派が少なくない。

幸福の科学は、大学の不認可を「宗教に対する偏見と迫害だ。憲法違反だ」と主張するが、それは相当的外れである。
大学の不認可は、霊言という現象や、魂の存在、霊界・死後の世界があるという世界観自体を否定するものではない。宗教界に対する挑戦でもない。世にはいろんな霊言が存在する。
文科省が学問ではないと斬ったのは「大川隆法氏の霊言」に対してであると私は解釈する。
その独善的体質は、学問とは相容れないものである。

世界中には多くの霊媒師が存在する。
たとえばスピリチュアル・カウンセラーの江原啓之氏は、英国スピリチュアリスト協会を訪ね、多くの霊媒師と会い、理論、実践を学んだ。

霊媒師たちは、死者の霊と語り合い、いわゆる「霊言」をする。それぞれが、霊の言葉を地上に伝えてくる。同一人物の霊言であっても、霊媒師によって伝えてくる内容は異なることもあるだろう。それらをすべて比較、検証したとき、大川隆法氏の見解と異なることも多々あるだろう。そのとき、幸福の科学には、大川隆法氏の霊言だけを絶対視することなく、他の霊媒師の見解をも謙虚に受け止める懐の広さがあるのだろうか?

大川隆法氏の霊言は決して絶対的なものではない。事実、過去世認定においても、何千人の前で堂々と語った内容を、20年たって間違いでしたと変更したことは、2度や3度ではない。先妻、第一弟子だった種村修氏、戦国時代の3人の殿様も全部後から過去世を変更した。そのくらい曖昧なものである。
今現在語っている霊言も、いつ変更されるかわからない。そのレベルのものである。

そうであるならば、自分の考えが絶対正しいなどと、独善的で傲慢不遜な態度をとらず、謙虚に自分と異なる意見にも耳を傾けるべきである。それがなければ、
学問的とはとてもいえない。学問という以上、感情ではなく理性的な判断、真実に対して謙虚でなければなるまい。

文部科学省が幸福の科学大学を認可しなかったのは、宗教活動ということで、理性的判断を捨て、盲目的に信じるのは自由ですけれども、それを学問として扱うことはできないのではないですか?」という問題提起である。


2013年12月5日に亡くなったネルソン・マンデラ南アフリカ元大統領。
その1週間後、米国のサナト・クマーラという教団の「降霊会」で、マンデラ元大統領は語りかけてきたそうだ。
その時の様子を生々しく語った映像がこれだ。



こういう現象は、世界中のあちこちで起こっている。
「霊言」を学問とするなら、こんな現象もよくよく吟味して、大川隆法氏の霊言と比較対照し、真実は何か客観的に研究してほしいものだ。




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