偉大なる常識人という教えはどこに? | 家庭連合の信者が幸福を科学すると

偉大なる常識人という教えはどこに?

1980年代から1990年代にかけて、
私が統一教会員でありながら、幸福の科学に関心を持ったのは
「偉大なる常識人であれ」という教えだった。

霊的なことを説きながらも、あくまでもこの世のルールにのっとって
幸福になった姿を見せ、
目に見える実績でもって、世の人々から信頼を受け、
感化していくのだ・・・
そんな教えだったと思う。

さすが、東大卒であり元商社マンの教祖がつくる宗教団体は
スマートで常識的だなあ・・・、
統一教会もそのへんのところ
学ぶといいのになあ・・・なんて感じていた。

どうしても、熱意が過ぎて
大義名分があれば、何をやっても許される
そんなムードがあったからだ。

あるいは、目的のためなら手段を選ばない
少々道を外れてもいたしかたない
霊界に行けば(その動機が善だったことが)明らかになる
そんなふうに考える傾向があった。

だからこそ世間から「狂信的」と言われる。


しかし、今は違う。
統一教会信者であれば、だれしもが
痛い思いをして実感していることと思う。
一度失った信頼は、簡単に取り戻せるものではない。

目的が善であるならば、
方法手段も、プロセスも善でなければならない。

そうでないと、いったんは目先の目的を達成したように見えても
あとから何倍もそのツケを払うようになる。

何倍も何倍も苦労する。
ずっとずっと、遠回りをするようになるのだ。

いま、コンプライアンス(法令遵守)ということが
強く言われるようになって、
ようやくゲリラ的活動を卒業し
大衆化を目指すようになってきたのかと思う。

ただし、現実的にどこまでできているかは(???)だが。



幸福の科学信者の元校長がやらかした件について、
広報局の見解に驚いた。

「当グループからの指示ではありません。道徳以上の公益性のあるものを伝えようと本人が考えてのことであり、退職して3年以上しても、憲法上の基本的人権(「信教の自由」に基づく宗教活動)が認められないとは極めて問題であり、座間市教育委員会が左翼史観のままといえるでしょう」


まさに大義のためなら何をやっても許される・・・
という見解だ。

24日あたりに大学認可・不認可の結果が出るようだが、
認可されなかったらきっとそれも「左翼」のせいにするのだろうな。

偉大なる常識人という教えはどこに行ったんだ〜!?



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