迷った時は原点に帰る | 家庭連合の信者が幸福を科学すると

迷った時は原点に帰る

人は道に迷ったときや
行き詰まったとき、
原点に帰ろうとする。

出発点に立ち返る、
そこから道が見えてくるのだ。

たとえば
統一教会の教祖、文鮮明師においては
原点は15才のとき、
霊的にイエス・キリストに出会ったことである。

祈りでずっと夜を過ごした後、明け方になって、
イエス様が私の前に現れました。
風のように忽然と現れたイエス様は、
「苦しんでいる人類のゆえに、神様はあまりにも悲しんでおられます。
地上で天のみ旨に対する特別な使命を果たしなさい」
と語られたのです。
その日、私は悲しい顔のイエス様をはっきりと見、
その声をはっきりと聞きました。
イエス様が現れた時、
私の体はヤマナラシの木が震えるように激しく震えました。・・・
「私にはできません。どうやってそれをすることができるのでしょうか。
そんなにも重大な任務を私に下さるのですか」
本当に恐ろしくてたまらず、何とか辞退しようとして、
私はイエス様の服の裾をつかんで泣き続けました。
(文鮮明自叙伝より)


10EFBD8D.jpg


92年の生涯を貫いたのは
この15才の時の決意だったことは間違いない。


また、文鮮明師が亡くなった後、
教団を受け継がれた韓鶴子総裁(夫人)は
「神霊と真理に満ちあふれた草創期の教会に戻りましょう」
と呼びかけられた。


教勢の拡大とともに
外的な活動、仕事が多岐にわたってくる。
それを、原点に立ちかえって
再出発しよう
と呼びかけられたのだ。


統一教会信者である自分自身にも
入教した動機があり、原点がある。

道に迷った時、
行き詰まりを感じたときは
原点に帰る。

聖地と定められた場所に行き
祈ったりする。
静かに神と対話するのだ。

最初の純粋な心、
理想を思い起こす。

それで、
目の前の現実に追われている状態から
もう一度心新たに出発できる。



大きなお世話だと思うが
幸福の科学が今後も
存続しようと思うのなら、
未来にわたってさらに発展していこうと思うのなら
いま、原点に立ち帰るときではないだろうか?

正しき心の探求。
ストイックな神理の探求団体。

1980年代、
既成の宗教や学問では飽き足らない
真理を求める求道者が
多く集っていたように思う。

はたから見ても希望にあふれ、輝いていた。


その時を思えば
今はまったく別の団体になってしまったようだ。


いや、「日蓮の霊言」等々
幸福の科学は霊言から始まったので
もしかして、
昨今の霊言連発は
すでに「原点に帰っている」ということかな?

「霊言に始まり、霊言に終わる・・・」かな?



この記事がよかったら1クリック!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ
にほんブログ村
関連記事

タグ/
コメント一覧
コメントする


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

最新記事

カテゴリ

未分類 (0)
救世主の生き様 (18)
ブログ (148)
宗教と科学 (32)
目指すもの (41)
幸福の科学のこと (282)

おすすめ書籍

92年生涯の真実。ブックオフに行けば108円で購入できます。勇気を出して(笑)ぜひ一読してみてください。百聞は一見にしかずですよ。

月別アーカイブ

FC2カウンター

最新コメント

プロフィール

自由人

Author:自由人
FC2ブログへようこそ!

リンク

RSSリンクの表示

QRコード

QR