琴線に触れる場面 | 家庭連合の信者が幸福を科学すると

琴線に触れる場面

昨日の記事に対して
ウィルさんからコメントをいただいたので
今日もそれに返答する形で書くことにする。


「キリスト教において
良心に逆行する生き方というのは

キリストの生き様に反するような
思いや言動というわけですね

言いかえれば

キリスト教において
良心に従って生きるとは

思いにおいても
言動においても

キリストを見習って
生きることだと 理解しました」



質問に対しての答えが
十分ではなかったかもしれないが
真意を理解していただいたようで嬉しく思う。



キリスト教では
一人の人間の生き方として
イエス・キリストという
「明確な理想像」があるため、
目指すレベルがかなり高いと思う。


ハリウッド映画をみても
クライマックスシーンでよく出てくる。


危機的な状態を救うために
誰かが自分の生命を犠牲にしてまでも
助けようとする場面。

そして、死んだ・・・と思ったら
再び生き返る。

あるいは、その死の犠牲の上に
多くの人が生かされる。

まさに、イエス・キリストの十字架の死、
そして復活・・・
という筋書きそのものだ。


映画では超ワンパターンの筋書きなんだけど
そこには、
魂を揺さぶられるような感動と
心が洗われるような新生の喜びがある。

人間として、「琴線に触れる」場面なんだと思う。



「友のために自分の命を捨てること、
これ以上に大きな愛はない」

「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。
しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる」


イエス・キリストの言葉には
理論・理屈を超えた
人生とは何かの本質があると思う。




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