「守護霊の霊言」という危険な思想 | 家庭連合の信者が幸福を科学すると

「守護霊の霊言」という危険な思想

ここ数年、大川隆法氏は

公開霊言シリーズという「○○氏守護霊の霊言」なる書籍を乱発しています。


     



守護霊は地上人にたいして
いったいどのように働きかけてくるのだろう?


地上人を潜在意識という形で誘導しているのだろうか?


人間というものは、守護霊の考え、思想のままに
あやつられている存在なのか?


守護霊の考え=地上人の本音

幸福の科学では
そのような設定で語られているようだ。


「あなたは表向きはそう言っているけど
本音ではこう思っているのでしょう。
守護霊がこう言っていますよ」


ここにどれだけの真実があるのだろう?


実際は本人に対してかなり失礼な話だと思う。


100歩譲って
これが幸福の科学の言うとおりだとする。


「○○氏の守護霊はこういっていた」
教祖のこの話を、信者は鵜呑みにする。
つまりそれが○○氏の隠された本音だ
と断定するだろう。


ただ、ここで大きな問題がある。

人は固定的なものではないということだ。

昨日のその人と、今日のその人と


考えが変わっているかもしれない。


昨日から今日にかけて
つまり昨晩のうちに何か特別なことがあって、
考えが大きく変化しているかもしれない。


もし、昨晩その人が
大川隆法氏の著作を読み
涙を流して
「ああ、私のいままでの考えは間違っていた。
私の人生は誤っていた。
主エルカンターレよ、私の罪を許してください」
そう涙ながらに悔い改めたかもしれない(笑)


信者は○○氏に対して
どのように接するであろうか?


昨日の姿、
教祖による守護霊による霊査の結果を金科玉条として
「あなたはこうこうではないか!」
と決めつけたまま、断罪するだろう。


そこにはもはや
他人への尊厳はなく
教祖によってすり込まれた人間像を鵜呑みにして
他人を責める
そのような愛のかけらもない信者の姿があるだけではないか?


前世がどうとか
守護霊がこういっているとか、
人に対して固定的な決めつけで見てしまう

きわめて危険な思想であると思う。



親というものは
子供がどんなに悪いことをしても
心の底では信じているものだ。


昨日の過ちがあったとしても
今日は違うかもしれない。

心を入れ替えているかもしれない。


先入観や決めつけではなく
いつも真っ白な心で子どもに対する


それが親の愛であり
神様の愛だ。


私たちは他人に対しても
このような姿勢で対すべきだ。


私はそのように統一教会で教えられました。

幸福の科学が「邪教だ」と断罪する統一教会でね。


愛の無いところからは人は去る、

愛のあるところに人は集まる、と思えば

時間と共にすべて明らかになっていくでしょう。


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