一人ぼっちの天国はない | 家庭連合の信者が幸福を科学すると

一人ぼっちの天国はない

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天国はどんなところなのか?

たとえば
愛し愛される喜びの世界。

一緒にずーっといても
飽きず、たいくつせず
「時間よ止まれ」と言いたくなるほど(笑)
幸福感にみたされる世界、
そんな世界ではなかろうか。

もし、天国でひとりぼっちだとしたら
どれほど退屈でつまらないことだろう?

天国で、この世では見たこともない
素晴らしい景色があったとして、
それを見るとき、
一人で楽しむというより
誰かと一緒に感動を分かち合うことができれば
喜びももっと大きいのではないだろうか?

心が通じ合う喜びである。


幸福の科学的に言えば
9次元か10次元か
それ以上か知らないが、
もし神がたった一人で
気の遠くなるような年月を
孤高の存在として
ひとりぼっちでありつづけるならば、
どれだけ退屈だろうか?

たとえそれが全知全能の地球最高神(笑)であっても
たった一人で喜びを感じ
幸せに浸るとは考えられない。

喜びは一人では味わえない。
必ず相手が必要である。

これは重要なことである。

神でさえも、
かならず相手を必要とする。

愛のかたまりのような存在でも、
相手があってはじめて、愛する喜びがある。

心情の神であること、
そこから
神はなぜ人間を
必要としたからという答えが見つかる。

天地創造の動機は「心情」である。

神と人が共に喜ぶ世界、
いつまでも飽きない世界、
それが天国である。


人は成人するとともに
いつか伴侶を得て
二人の愛の結晶として
子供が生まれてくることを願う。

そして生まれてきた子供には
無条件で愛おしい情が湧いてくるだろう。

人のこの思いはどこから来たのかと考えれば、
これが、神の人間に対する思いではないかと考えられる。

理論や観念ではなく
実感の世界である。

なぜ肉体をもって
人間が生まれてくるのか?

それは結婚し子どもを持ち
育てていく過程で
神の親としての心情を追体験できるからだ。

「自分も親になってみて、
親の気持ちが初めてわかったよ」なんてよく言うが
そのとおりだと思う。

天国とは、何かあの世の
特別なところにあるのではなく
この世でも
家族と過ごす日常生活のなかで
体験できることなんだと思う。

深く心が通じ合うことができればの話。


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