良かれと思ったことが相手を傷つけている? | 家庭連合の信者が幸福を科学すると

良かれと思ったことが相手を傷つけている?

ヒデボーさんの「真理は心の中に」というブログを読んでいて
なるほどと共感するところがあった。

「善意も悪意も包み込む与える思い」という記事から
以下、引用させていただく。

かって日本は大陸に進出し、アジアの一部を植民地化した。
その植民地の経営については、欧米諸国の経営と比べると、かなり良心的なものであった。

(中略)

弟分にしか過ぎない日本に教育・指導されるというのは、儒教国家であった当時の中国や朝鮮のエリート層にしてみれば、耐え難い屈辱であったろう。
確かに日本によって教育され、日本の整えたインフラによって、その後、繁栄していった。
だが、彼らにしてみれば、決して認めたくない事実である。

人には自尊心がある。あるいはプライドがある。
私たちが良かれと思ってやった行為が、知らず知らずの内に、相手の自尊心を傷つけてしまうことがある。
思わぬことで、思わぬ反発を受けるのは、相手の自尊心を傷つけたからである。


私も以前に「金正恩守護霊インタビューに大きな疑問」で書いた。

高句麗系のみならずとも、
朝鮮人は極めてプライドが高い民族だ。

儒教文化は、とにかく目上を立てる。
韓国ドラマを見るとわかるが
目上の人の前ではタバコは吸わない。
お酒を飲む時も
後ろを向いて盃に口をつける。
それだから、
目上と自覚している者が
目下の者に頭を下げることは
屈辱感を感じることなのだ。

一回りも年が違う弟のような者が上司で、
そこに自分が従わないといけないなんて
死んでも嫌だ・・・みたいな場面を
私も目の前で何度か見たことがある。

そこまでこだわらなくても・・・と
日本人からすると不思議に思えるのだが
文化的・歴史的な背景を知った上で見ると
違う景色が見えてくる。

初めて納得できる。

パラダイムシフトが起こる
と言ってもよい。

これがまさに「正見」であろう。
どちらか一方に偏った見方ではなく
より高い次元から見た視点。

それがなければ
人と人の関係も、
国と国の関係も、
どこまでも平行線である。

「神の目から見る」と言ってもよい。

問題の解決は、その「正見」から始まると思う。



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