2015年02月 | 家庭連合の信者が幸福を科学すると

同性愛に反対するのは「偏見」?

東京都渋谷区が、
同性カップルを「結婚に相当する関係(パートナーシップ)」と認め
「証明書」を発行する条例案を、
3月の区議会で提出すると決定した。

全国で初めてのことで話題になっている。

世界的に同性愛や同性婚の人権を求める運動が広まっており
この潮流に逆らえない雰囲気になってきている。

テレビ番組でも、堂々と「オネエ」と呼ばれるオカマが毎日のように登場し
もはや市民権を得たようでもある。

少数とはいえ、そのような人もあちこちに存在するので
その人に対して不当な差別をするのは良くないと思う。

しかし、徐々に既成事実化され
感覚が麻痺していくのは危険である。

米国では、伝統的なキリスト教の信仰観から
同性婚に反対し、結婚式のフラワーアレンジメントを断った花屋が
同性愛者のみならず州からも訴訟を起こされ泥沼裁判になったり、
同性愛を批判する内容を著書に書いた消防署長が
免職されるという事件もあった。これ

Kelvin-Cochran-Kasim-reed-screengrab.jpg
キリスト教徒への迫害?


同性愛者を擁護し、権利を主張する人たちには
特徴がある。

他人に対しては「寛容」を要求する。
しかし自らは極めて「非寛容」だ。


一つの正義を振りかざし
相手を徹底的に糾弾する。
自己中心的である。


同性愛、同性婚の問題は微妙である。
何が正しくて何が間違いなのか、
身近なところでも、よくよく議論していきたい。



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幸福の科学と統一教会の共通点

幸福の科学と統一教会には共通点がある。

世間からカルト視されていること?
その狂信ぶりが呆れられていること?
それも確かにそうだ(笑)

しかしもっと大きな共通点は
霊界の存在を100%信じているということである。

霊界と地上界


死んだらどうなるのか?
天国と地獄はどのような世界なのか?
どんな人が行くところなのか?

これを事細かに説明している。

これが共通点である。

もちろん既存のどの宗教も
天国と地獄を説き、
魂の存在を説く。

神道も仏教もキリスト教もイスラム教も。

しかしそれらはとても漠然としていて
あいまいである。

ある宗教のある派においては、霊界、死後の世界はない
と断言する聖職者もいるくらいだ。

そして科学万能の近代になって
霊界に関する話は
非科学的なもの、非現実的なものとされ
社会制度自体が
むしろ唯物的な価値観で構成されている。

だから霊界はある!100%ある!という価値観を持てば
この世とあい合わないことが多々でてくる。

熱心に宗教活動している人を見れば
「立派だね」とはならず
「かわいそうね。変な宗教に凝ってしまって」
と白眼視されるのが常だ。

価値観がまったく違うから
世間から理解されないのも当然である。


特に唯物論、無神論の共産主義者からすると
正反対の思想である。

政治思想も、左傾化したマスコミや
中国共産党とは
真っ向から対立する。

ソ連の崩壊で共産主義が終わったのではない。
中国共産党だけでない。

今は文化共産主義に形を変えて
個人の自由、権利を主張しながら
フリーセックス、同性愛を広め
伝統を破壊して、家庭を衰退させ
国家の崩壊に導くという作戦に出ている。

あるいは宗教を語りながら
宗教の名を悪用して
暴力的に共産革命をなそうとしている。


宗教者が共同し先頭に立って、
社会、国家を善導していくべき時代である。

しかし、宗教間で喧嘩したり
教団内部で派閥争いをしたり、
それは愚の骨頂だ。

それで喜ぶのは共産主義者であり、過激集団である。




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いつの間にか幸福ブログ村が統一村に?笑

このブログは、
統一教会・・・80%
幸福の科学・・・10%
幸福の科学批判・・・10%
でブログ村に登録している。

タイトル通り、
統一教会の信者である私が、
幸福の科学にも関心を持って
見聞きしたこと、考えたことを含め
つらつら書いている。

幸福の科学には、
感心するところもあれば、
ちょっとまずいのではと
批判するところもある。

幸福の科学とは関係なく
統一教会のことを書くこともあるし
忘備録みたいに書くこともある。

他愛もないブログだと思うが、
幸福の科学ブログ村で
面白い現象が起こってる。

私が何か投稿したら
すかさず統一教会批判の記事を
コピペしてアップする人がいて
幸福の科学ブログ村が、
まるで統一村(統一批判村)みたいに(笑)


幸福の科学の信者さんて
そのレベルなんだね。
残念~。

その不寛容さがカルトと言われるんだよ。



統一村では埋もれてるこのブログも
10%しか配分していないはずの
幸福の科学村では目立ってしまう不思議。

教団の規模の違い?


幸福の科学の信者さんたち、
ただのコピペじゃなくて
もっと面白くためになる記事で
ブログ村を埋めてくれ~。

そうしたら私のブログなんて
全然目立たなくなると思うから。


幸福の科学の信者さんたちへ
「統一教会はあなたの敵ではありません!
世間から同じくカルト扱いされてる仲間です。
無神論、唯物論の弊害から日本を守り
信仰の自由が保障され
安心して幸福に暮らせる社会を作るために
共にがんばろう」




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桜田淳子さんが本部で講話

桜田(東)淳子さんが、2月11日、東京渋谷の本部で
講話をされたようだ。

題目は「自らが天国をつくる者」。

共感する部分が多々あった。
印象に残った部分を引用する。

当時、女優として歌手として歩んでおりましたから、祝福を受けることによって、哀れな桜田淳子というような立場に立ったことは事実でしょう。しかし、人生の幕を降ろされたのではなく、新しい人生を出発したのだと決意しました。(マスコミなどから)否定されたものから、新しい出会い、原理のめざすものが何なのかを探す、再出発の時を迎えたのだと思いました。

1993年、夫と訪米した折、真のご父母様(文鮮明ご夫妻)にお目にかかりました。その時、父母様は私に「違う花を咲かせなさい」とおっしゃいました。その後、私は違う花を探す旅に出たのです。それは理想家庭を築くことに他なりません。

祝福を受けることにより、仕事はなくなりました。そんな私を世間は注視しているでしょう。そこで私は、誰から見てもうらやましく見える家庭を築きたいと思ったのです。妻として母としてどう生きるのか。決意と覚悟を持って出発しました。


その後、近所の人たちとわけへだてなく付き合い、
時にはPTAの役員もし、
一人の妻として、母として、信仰者として
懸命に生きてきた様子がうかがいしれる。

室町時代の能楽者、世阿弥にこんな言葉があります。
「凡庸な者は形に囚われ、覇気ある者は形を壊す。才ある者は才に溺れる」
この言葉を世阿弥は息子に残したそうです。
これを原理に当てはめると「無私であれ」ということに他ならないのではないですか。

今、真のご父母様は孤独の中におられるのではないでしょうか。では私たちは、ご父母様に似て立派になることがお支えすることではないでしょうか。天国実現は自らがつくるものでしょう。真の反骨精神は自らが立派に生きることでしょう。


「天国実現は自らがつくるもの」
「真の反骨精神は自らが立派に生きること」

その通り!
天国は、自らが生活圏内でつくっていくものなのだ。

夫婦、親子、親族の信頼関係。

語るは易いが、実行するのは簡単ではない。
桜田淳子さんの語られる一言一言には
21年間の重みがひしひしと感じられる。


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残党はなくならない

中東の専門家の話によると
「ISILには、金も武器も、そして死ぬまで戦う兵士もいる。
10年20年は続くだろう」
ということだ。

【残党】をインターネットの辞書で調べると
1 敵に敗れた一党のうちで、わずかに生き残っている者たち。「平家の―」
2 一時期勢力をもっていて、のちに弱体化した集団などの生き残り。「ロマン派の―」

たしかに、オウム真理教でさえ
「アレフ」や「光の輪」と形を変えて
残っている。

統一教会も、幸福の科学も
教団としてこれからどうなるかわからない。

ただ、万一解体することがあっても
まちがいなく残党は存在する。

意志があるかぎり
そこに同士が集まり
やがて集団となっていくだろう。

それが歴史のなかで
大きな潮流となっていくかどうかは
もはや人間の力ではなく
神の力によってなされることだろう。


今は善悪が入り混じった混沌期だ。

時間の経過とともに、
汚れた水が上の水と下の水に分かれるように、
真実が明らかになり
明確になっていくことだろう。


問題は自分自身が良い実を
結んでいるかどうかだ。


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ISILはイスラム教を悪用した共産主義テログループ

「ISIL(イスラム国・アイシル)は
イスラム教を悪用した
暴力革命を目指す
共産主義テログループである」


KMSネットで、明快な時事解説があった。

イスラム教、キリスト教、ユダヤ教の対立に対して、
「文明の衝突」という議論はマイナスにしかならない。

お互いの立場を尊重しあって、
お互いの立場を理解しながら
時には譲り合っていきながら
お互いに高め合っていく、
これが本来の文明のあるべき姿である。

宗教は共存共栄できるものである。

ISILは宗教を語っているものの、
本質は似て非なるものである。
ISILもオウムも根は同じ。

そんな解説でスッキリ理解できた。

教会員はKMSネットを見よう。




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圧倒的善念で対せよ

20年以上前の事だが、
幸福の科学の本を読んで、
いい言葉だな~と思ったものがあった。

それが「圧倒的善念」という言葉だ。

悪に対して、
単に裁きや批判でなく
圧倒的善念で対しなさいと。

太陽が圧倒的な光と熱で
氷をも溶かすように
圧倒的な善念で
悪人の心をも溶かしなさい。

相手の悪なる言動に左右されることなく
堂々と正道を歩みなさい。

そんな教えだったように記憶している。

自分もそれはいい考え方だと思ったので
できるだけそのように考え、行動するよう
努力してきたように思う。

宗教や教義がどうこうというより
人としてそのような大きな器を持てたら
いいと思う。

そしてその言葉は、
語った人のものではなく、
行動し実践した人のものである。

吉田松陰先生が強調される
「知行合一」である。


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花燃ゆ 吉田松陰先生熱い!

大河ドラマ「花燃ゆ」を毎回楽しみに見ている。

視聴率はあまり高くないらしいが、
楽しみに見ている者にとっては関係なし。

伊勢谷友介演じる吉田松陰先生が熱い。

いきなりペリーが来航して
乗り込んで、入獄して・・・と、
なんとドラマの展開が早いんだろうと思っていたが
主人公は吉田松陰ではなく、妹の文。

これから久坂玄瑞と結婚し、
松蔭先生が亡くなったあと、
その後激動の人生を送る。
それがメインテーマ。



国の未来を思い、
必死に学ぼうとする若者たち、
また行く先々で接する人たちを感化していく
吉田松陰先生の熱い思いと行動力に感服だ。



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憎しみの心を溶かすのは真の愛だけ

神様とはどういう方だろうか?

神の子イエス・キリストはどんな方だったか?

罠にかけられ、無実の罪で死罪になったとしても
一切人を怨まず、憎まず、
むしろ許し愛していかれた。

復讐するどころか
「主よ、彼らを許し給え。
彼らは何もわからないのです」と
自分を害する相手のために祈られた。

その結果、神の人は無残に殺され、
悪が世を支配した。

しかし悪の支配は、永遠には続かない。

人の心には善を求める良心があるからだ。

神の子イエス・キリストの生き様は
多くの人の良心に訴えかけ
やがて歴史を動かした。

jesus.jpg



悪は抹殺し、せん滅させることで
なくなるのではない。

イエス・キリストのような真の愛で
怨みや憎しみを溶かさない限り、
悪はなくならない。

人の心の奥底にある良心を信じて
愛するしかない。


当然これは理想論である。
そんなお人好しでは
何千年かかるかわからない。
だがその究極のお人好しで
理想論者なのが神様である。

だから事実、
今まで何千年もかかったのだ。

これからあとも
人が良心に目覚めるまで
続いていくことだろう。

神は愛であり、忍耐である。



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人の心が変わらずして平和はない

イスラム教とユダヤ教、キリスト教の
何千年にもわたる骨肉のたたかい。

世界の情勢を見ながら
これからどうなるのだろうと
不安に思う人が多い。

争いの背後には、宗教の問題だけでなく
政治の問題もある。

どこからどうするか?

争いの根本は何か?
それは一個人の中にある。
心と体が闘っている。
本心と邪心が闘っている。
これをおさめないかぎり
永遠に闘いは終わらないのだ。

自分の我欲、憎しみをおさめられないから
人と争うようになる。
親子、夫婦、兄弟でさえ争う。

憎しみから愛へ。
争いから和解へ。
復讐ではなく許しへ。

人の心が劇的に変わらないことには
不可能だ。

まさに神の人、救世主によらずしては
不可能なことだと思う。

言い換えれば、
それができてこそ救世主である。



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イスラム国(ISIL)は宗教ではない 宗教でカムフラージュしたテロリストであり悪魔の実体である

イスラム教はもともと平和な宗教である。
3~4年前、テレビ番組で
「どの国よりも離婚率が低く、人柄が温厚な国がインドネシアだ」
というのを見たことがある。
イスラム教の信仰がそうさせているのだ。

イスラム国(ISIL)問題では、
世界中のイスラム教徒が胸を痛めておられることだろう。

イスラム国(ISIL)は宗教ではない。
宗教でカムフラージュしたテロリスト集団である。

憎悪と復讐心に凝り固まった
人の心をもたない残虐非道な人間たち。
悪魔の実体である。

私はそう思う。


以下は、文鮮明師の自叙伝、
冒頭部分にある記述である。

宗教紛争が頻繁に起こるのは、
多くの政治家が自らの利己的な欲望を満たそうとして、
宗教間に潜む反感を利用するから
です。

政治的な目的を前に、宗教は方向性を見失ってよろめき、
本来の目的を喪失してしまうのです。

宗教は本来、平和のために存在するものです。
すべての宗教が世界平和に責任を負っています。
それなのに、反対に宗教が紛争の原因となったのですから慨嘆するほかありません。

その醜悪な様相の背後には、権力と資本を握ったどす黒い政治が隠れています。
指導者の本分はすべからく平和を守ることであるのに、かえって逆のことをして、
世界を対立と暴力へと追い立てているのです。



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