2014年11月 | 家庭連合の信者が幸福を科学すると

越えてはいけない線を越えた

人間として絶対にやってはいけないことをした。

道徳的に越えてはいけない線を越えた。

たとえ何万枚の書類を揃えてたとしても
その1点があれば全部がパーになってしまう
そのような出来事があったのではないか?


あ、何のことかというと
幸福の科学大学が不認可になった理由について。

不認可になっただけではなく
5年間のペナルティまで付いた。

これは尋常なことではない。

たとえ文部科学大臣が変わったところで
不認可がくつがえされるはずもなく、
開学が可能になるはずもない。

現実を直視すべきである。


下村文部科学大臣会見(平成26年10月31日):文部科学省

幸福の科学大学設置についての見解
(3分23秒あたりから4分54秒あたりまで)




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幸福の科学大学が不認可になった理由がよくわかる本

なぜ幸福の大学が不認可になったのかがよくわかる本だ。

書店で一度手にとってみられることをオススメする。





リバティWebによると、この本に対して下村大臣による出版妨害があったという。

・下村大臣による幸福実現党への脅迫
下村大臣は自ら幸福実現党の選挙対策責任者に電話をかけ、「本(下村氏の守護霊霊言書籍)をストップすることで、やりようはまだある」などと語り、出版妨害を行い、大学認可とのバーター取引を申し入れると同時に、幸福実現党解党への脅迫があった。


本当のところは出版妨害、脅迫どころか、
「こんな本を出すようでは品格が疑われ、
認可されるものまで認可されなくなりますよ。
出版はストップしたほうがよくないですか。
今ならまだ間に合いますよ」
という
親切なアドバイスではなかったのかと思う。

・・・というか、
そんなこと、誰でもわかるだろう?


それで不認可決定後にも、懲りずにまた霊言収録、出版。





ダメ押し
永田町・平成ポンポコ合戦

これで5年どころか、永遠に認可は不可能。

幸福の科学の方々らは人と協調し、
協力して物事を進めていくということを
知らないのか?

日本の教育をよくしていこうと思えば、
文部科学省も大臣も
決して敵ではなく味方のはず。



合わせて参考にしたら良い本もあげておく。

ちょっと見ただけで吐き気をもよおすような
元妻への悪口のオンパレードなど。

とても仏陀のやることとは思えない。












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霊言による人格攻撃は、無責任言論の極みだ

リバティWebの記事を見て、
非常に違和感を感じた。

その記事はこれ。

幸福の科学大学不認可は平成の宗教弾圧だ


大学不認可に至った最大の原因は
他ならぬ「下村文部科学大臣守護霊の霊言」だと思う。

審査の最中に、このような霊言でもって
人の人格を蹂躙するような出版物を発行する
その神経が疑われ、信用を失墜したのだ。

しかも審査の最終責任者に対して。

(どういう反作用があるかは当然
覚悟の上の行動のはず)


幸福の科学大学不認可は平成の宗教弾圧だ

というならば

霊言という形をとった人格攻撃は、無責任言論の極みではないのか



言論の自由を主張するなら、言論としての道徳的な責任を果たせ!

信仰の自由を訴えるなら
宗教者としての品格を示せ!

霊言という名の誹謗中傷、罵詈雑言は
人の心を傷つける重大な罪である。

教祖は言いたいことがあれば、霊言などという形式をとらずに
自分の言葉で主張せよ!

相手の考えを知りたければ
正々堂々と会って対話せよ。
本人に直接インタビューせよ!

守護霊の霊言などと言っても
信者以外の誰も納得しない。


宗教弾圧なんてとんでもない。

今までやりたい放題の
霊言という無責任な暴力言論に対して、世間はNoを突きつけた。

自業自得でしかない。




<おすすめの本>
なぜ幸福の大学が不認可になったのかがよくわかる本(出版した当人とは違う意味で)。





下村文部科学大臣自身には、そもそも幸福の科学大学を不認可にする意図はなかったと思う。
道徳教育に熱心な方であり、宗教にも理解のある人物だ。
上記の本の出版を止めようと働きかけたらしいが、
「審査中にこんな本を出すようでは、私としてもかばいようがないですよ」というのが
本音だったのではないか。

その静止を聞かずにそのまま暴走してしまったのが
決定的だったと思う。

宗教弾圧どころか、自爆である。



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下村文科相への復讐が始まった

幸福の科学大学を最終的に不認可に決定した下村博文文部科学大臣に対して、
幸福の科学からの「復讐」が始まっているようだ。

以下、リバティWebの記事
下村博文文科相の「金の疑惑」相次ぐ
板橋区選出の下村氏、権力で政治資金を集める?


下村文科相が「塾」を事務所利用?
許認可権持つ大臣にふさわしいか


かつての宿敵であった講談社「フライデー」の記事や、
共産党機関紙「赤旗」の記事を引用し、
必死さがうかがえる(笑)

下村文科相のインタビュー記事等をみると、
政治思想的には幸福の科学の主張とそう変わらないと思うのだが、
大学を不認可した張本人であるため、
今度の衆議院選挙では徹底的に再選を妨害する作戦のようである。

下村文科相個人を責めたところで
大学の不認可がくつがえるわけもないのだが、
「この怨み晴らさでおくべきか」
八犬伝の玉梓の怨霊ばりの復讐心に燃えているようだ。

以前の記事に書いたが
「安倍と下村の首を取れ」という総裁の命令があったという噂
どうやら本当のようだ。

しかし、宗教団体が「復讐劇」とは・・・
「愛の教え」はどこに行ったのだろうかと思う。

「人を呪わば穴二つ」と言うし。


東京都第11区は下村文科相が圧倒的な優勢のなかで、
どう戦うのか、見ものである。

以下、ウィキペディアより

WS000005.jpg


あ、2009年の衆議院選挙には
幸福実現党からもこの選挙区に出馬していたんだ・・・・。

今回は出ないのか?


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人をひきつけるリーダーの姿

2008年4月、韓国の総選挙で統一教会(家庭堂)から
全選挙区に候補者を出して
一人も国会議員を出すことができなかったことがあった。

その2~3日後、
文鮮明総裁は、すべての候補者と多くのメンバーを集めて
急きょ大会をされた。

たしか、
「この選挙が失敗だったなんて
これから微塵も思ってはいけない」
というような内容を語られたように記憶している。

それを聞いた時、
どこまでも超ポジティブなんだな・・・と
あっけにとられるほどであったが
裏では、全員落選の知らせに大変失望しておられた、
相当のショックを受けられていたと、後ほど聞いた。

「最悪を最善に変える絶好のチャンスだ」
という文鮮明師の言葉がある。

最悪の絶体絶命のような事態をも甘受して、
いつも、それをプラスに転換されてきた師の歩みには
本当に頭がさがる思いである。

そこに真のリーダーとしての姿を見る。


人は何を語ったか、どんな説教、説法をしたかでは
はかることができない。

何をなしたか、どのように生きたか、
その一挙手一投足を
人々が注目している。

そしてそれを歴史が記録し、記憶する。

リーダーであればあるほどそうだろう。


自称・国師の大川隆法氏も、
その生き様、一挙手一投足を
注目されていることを忘れないでほしい。

健気な信者さんたちを、失望させないでほしいと思う。
苦しい弁明や、屁理屈、逆ギレでは、
「幸福」の原理に合っていないし、
皆が不幸になるばかりだと思うから。

リバティWebや会員さんたちのブログを見ると
胸が痛くなり、心が苦しくなる。


<今年の一連の流れ>
文科省に大学の申請
 ↓
文科省から是正意見
 ↓
文科大臣の守護霊霊言として中傷罵倒、
それを出版、大宣伝(この時点でアウト)
 ↓
不認可(5年間のペナルティ付き)
 ↓
さらに文科大臣の守護霊霊言として中傷罵倒、それを出版、大宣伝
異議申立て
 ↓
却下される(絶望的)
 ↓
12月の大会(祭)を中止


あとこれは噂レベルの話。
以下、やや日さんブログのコメント欄より 匿名さんの書き込み

「エルカンターレ際の中止理由は、大学の不認可です。
もう一つの大きな理由は衆議院選挙です。
大学不認可について、会員の前で説明がつかないこと。
衆院選で立候補者が満足に出せないこと。
以上の二点です。
大川総裁は苦し紛れの言い訳を会員の前でしたくないということのようです。
しかし、このような時こそ、会員の前で堂々と説明をしてほしいものです。」


切々たる訴えだと思う。

愛→知→反省→発展 の四正道は
このような場面でこそ、実践されるべきではないのか?

このような時こそ「常勝思考」ではないのか?

それとこれとは別?

語るだけでなく、実践して手本を示す人、
思いをカタチに変える人、
人々は、真のリーダーを求めている。


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怒りから色情そして怠惰に至る心の傾向

種村修氏のブログが更新されている。

種村氏は、長い間第一弟子と認定され
講師として活躍していたが、
教祖の愛人問題を諌めたため
逆燐に触れ悪魔認定され破門された人物だ。

彼が、大川隆法氏の心の傾向性と
そこからくる信徒の心理パターンを
見事に分析されている。

洗脳からの回復のために――怒りと色情と怠惰



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「安倍と下村の首を取れ」!?

やや日カルト新聞のブログのコメント欄に
興味深い書き込みがあった。

何ヶ月に1回、忘れた頃に
幸福の科学幹部の様子を伝えてくださる
「絵日記さん」の書き込みだ。

真偽のほどはわからないが
日にちの経過とともに
現象として現れてくるので、
その真偽は自ずと明らかになる。

こんな可能性もあるということで貴重な資料だ。

転記させていただく。

大学不認可の報に、総裁先生は大変お怒りのようでございます。
「安倍と下村の首を取れ」とのことでございます。
お言葉を受けて、特別なプロジェクトが組まれたのでございます。
そんなこともあり総合本部内には、最近にはない緊迫した空気が流れているのでございます。
広報局の担当者は意気軒高で、「何をやっても文科相を叩き潰す」と周りの職員に具体的な「仕掛け」の話しをしているのでございます。
選挙の時の裏工作と同じように、潰す相手に濡れ衣を着せたり、嘘の情報を流したり、ありもしないでっち上げの捏造話しを作り上げたりしているのでございます。
傍目には滑稽なことを、真面目くさった顔で話す職員に異常さを感じるのは私だけではなさそうでございます。
つまりは、「大学不認可は許せん。天上界では大変怒っておられる。不認可にした文科相と安倍総理に痛い思いをさせるべきだ。」と言うことらしいのでございます。
奇異な感じもしますが、総裁先生のご指示であれば断れるはずもなく、宗教性などそっちのけで復讐劇を演じようとしているのでございます。
実際には文科省への「異議申し立て」にあるような大義名分とはほど遠い、犯罪すれすれの行為に走ろうとしているのでございます。

以上です



もしこれが本当なら、
オウムと何ら変わりない。

可能性があるというだけでも
もうすでに、公安の厳重な監視対象になっていることと思われる。


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霊言が必修なら、自分は間違いなく落第だ

もし、信者でない自分が「人間幸福学部」というものに惹かれて
幸福の科学大学に入学したとすれば、どうなるだろうと考えてみた。

「人間の幸福」という視点から、あらゆる学問や活動の再構築を試み、
個人の幸福から社会全体の幸福、国際的な正義の確立や調和、秩序の作り方まで
研究するという学部は魅力的である。

いまや科学には宗教的アプローチが必要であり、
宗教には科学的アプローチが必要な時代である。

そして個人、家庭から社会、国家、世界に至るまで
解決しなければいけない難問題が山のようにある。

人間幸福学部・・・、じつに興味深いものだ。

ただそこで待っている大きな関門がある。
卒業124単位中4単位を占める霊言に関する授業だ。

必須科目なので、それを避けては
卒業することができない。

「幸福の科学大学創立者の精神を学ぶ1・2(概論)」が参考書籍である。





それを読む私には、きっと疑問符の連続だろう。

文科省の是正意見に応えるような形でなされた法話を
いくつかそのまま文章にしただけのスカスカのテキスト。

こんなにわか作りの本がテキストか・・・、
「・・・と思います」「・・・と思います」
そんなあいまいな表現ばかりだな・・・とつぶやきつつ読む。

さらにそこには「私はここ五年ほどで、二百七十冊以上もの『霊言集』を刊行しています」
「これは、ある意味での『科学的証明』をしていると思っています」とある。

さらに、新聞に全面広告として掲載されたという事実により
「妄想や虚言、詐欺などと思われないだけの社会的信用がある」とされている。

私は率直に新聞広告にそのような機能はないと思い、
また、一方的に多くの「霊言(霊言集)」を刊行することだけでは、
「霊言(霊言集)」の科学的合理性を証明する根拠とは認められないのでは
と素朴な疑問を抱く。

そして幸福の科学大学の創立者が
5年の間に刊行したという270冊の書物を
片っ端から研究する。

そのなかで、特に自分がよくよく知っている人物については
生前の業績、言行、思想と比較してみる。

さらには他の霊能者が受けた同一人物の霊言とも
徹底的に比較する。

世界中の文献を調べてみる。

現存している人の守護霊の霊言の場合は
その人本人にインタビューを試みる。

本人に聞くことができなければ
本人をよく知っている人にインタビューしてみる。


そうして研究を重ねた結果として、創立者の霊言には
疑問符が多いという結論を出すに至ったとする。

創立者の霊言として一方的に信じるのでなく
多角的に、学問的に研究した結果
疑問を持つようになったと。


さてそのとき、果たして私は必須の4単位をもらって
無事に幸福の科学大学、人間幸福学部を卒業することが
できるのだろうか?


そんなことをつらつらと妄想してしまった。

自分だったら永遠に卒業できないかも。
いや、宗教上の理由で(?)そもそも入学を許されないか(笑)




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不認可の決定的要因は、一連の常軌を逸した行動にあり

不認可の決定的要因は、
幸福の科学による一連の
常軌を逸した行動にある。

信仰の自由、学問の自由、
宗教迫害・・・そんな問題ではない。

ほとんどの宗教は、
神からインスピレーションを受けて始まったから
霊言とも言える。

だから霊言を否定することは
他の宗教を否定することと等しいと
幸福の科学は主張する。

しかしそれが本質ではない。

特に問題になったのは
下村文部科学大臣の守護霊の霊言
ではないか。

言いたいことは霊言を通して主張し、
霊言の内容を前提として論理を進める
その手法そのものである。


文部科学省からの是正意見に対して
幸福の科学がどのような行動に出たかというと、
創始者である大川隆法総裁が
文部科学大臣の守護霊を呼び寄せて
霊言の収録、そしてその内容を本として出版する。
そんな行動に出たからだ。




文科省の役人たちをはじめ、審議委員たちも
幸福の科学というのは、まともな話し合いができない人たちなのかと
びっくり仰天したことだろう。

守護霊の霊言。
これがホンモノか否か?
一番よくわかるのは
下村文部科学大臣ご自身だろう。
「あなたの守護霊はこう言っています。
だからあなたの本心はこうなんですね」
ということだから。

しかしその内容はひどいものだ。
書店に並んでいるので
一度手にとってみられることをおすすめする。

人格攻撃、誹謗中傷、名誉毀損、
人権侵害ものだと思った。

根も葉もない妄想と言われてもおかしくないレベルのものだから。

一連の流れ、とった行動、
霊言の内容・・・
創設者の品格が問われたのだと思う。

そしてそれを真実と無条件で従う幹部や信者たち。

宗教活動として
信じるのはいいけれど、
大学で学問として教えるとなれば
真実だよ、ホンモノだよ
と認めなければありえないでしょう。
しかも必修科目だ。

信者でなければ、誰がそんな大学行くものか。

実質、入学しようとすれば
霊言は本物だと認めることが前提になる。
信者以外へは閉ざされたも同然だ。
一般人が入りやすい環境を整えずして
今後どうして維持運営できるのだろうと思う。

信者向けに教育するのであれば
あちこちで言われているように
宗教団体として「私塾」の形でやればよし。

学校教育という名目で、
国から私学助成金をもらいながら
実質は布教活動・・・それはダメでしょ。


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幸福の科学学園が異議申し立て~学問の自由の侵害か?

産経ニュースより
幸福の科学学園が異議申し立て 文科省の大学不認可で「学問の自由を侵害」

文部科学省が「幸福の科学大学」の開設を認めなかった問題で、認可申請した学校法人「幸福の科学学園」は7日、文科省へ撤回を求め異議申し立てを行った。申立書では「(不認可は)『学問の自由』を真っ向から否定し、侵害する」などとしている。


学問の自由に対する侵害なのか?

これに対しては
2ちゃんねるの使者さんがブログ記事「幸福の科学大学、不認可決定の裏側」でバッサリ斬ってくれている。

一部引用させてもらうと、

審議会も文科省も、「幸福の科学の思想を学ぶことを禁止する」ゆう決定を下したワケやおまへん。ベンキョしたかったら千葉県長生村のガッコを「私塾」とか「大学校」にして、ナンボでもベンキョしたらええ思うんですわ。審議会も文科省も禁止しとりまへん! ただ、大学として認可して、「国際的に通用する学位を認可する大学としては、日本国として保証できない」、「私学助成金を支給する日本国の大学として認める事はできない」ゆうケツロンなんですわ。

 文科省も審議会もこのわても、千葉県長生村で幸福の科学教学を教えたかったら自前の資金でどんどんやったらええ思うんだす! 「私塾」でも「大学校」でもよろし! ただわてらは「学位は認めん!」、「助成金は出さん!」ゆう立場だす。これになんの不満があるんでっか?


詳しくは2ちゃんねるの使者さんのブログをぜひ。


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逆ギレ・・・カッコ悪い

『大学設置審議会インサイド・レポート』―大学設置分科会 会長スピリチュアル・インタビューの大川隆法氏「まえがき」部分をネット上で拾った。



 経産相と法務相のクビを取ったぐらいで慢心していては日本のマスコミは素人仕事をしているといわざるをえない。日本国憲法も読んでいないと思われる、あるいは理解できないと思われる、タヌキ文科大臣が、審議会を隠れミノに使ってのうのうと政界遊泳しているのだ。
 この「大学設置審議会インサイド・レポート」を読めば、利益屋と権力欲の妄者の巣窟が見えてくる。
 キリスト教系の大学は、イエスの処女降誕、湖の上を歩いたこと、カメ一杯の水をワインに変えたこと、死者ラザロを甦らせたこと、イエス自身が十字架にかかって後、肉体を持って復活し、さらに昇天したこと、数個のパンや数匹の魚を数千人分に増やし、病人を信仰心だけで癒したことを、科学的根拠をもって証明したので設立が認められたのか。
 宗教をバカにするな。宗教は人間の本質を教える真理である。それは学問を超えた真理である。


 はいはい、よーくわかりました。
 幸福の科学の教えを学ぶと、こんなふうに文科大臣をタヌキ呼ばわりしたり、
自分の非を一切省みることなく、相手を悪と決めつけて罵倒したり
国を相手にケンカを売ろうとするような、そんな人間になるんですね。

「宗教をバカにするな」と言いながら、
自分の主張をゴリ押しして、言うことを聞かれなければ逆ギレ・・・
やってることは宗教者の香りのひとつもしないんだけど。

大学認可を強要するような「脅し」と取られる行為をとって
自ら宗教の品位を落としている人にそれを言う資格はないのでは?



えっ?統一教会のあんただけには言われたくないって?
はい・・・失礼。



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世界中の霊能者と比較してどうだろう?


世の中には「降霊会」「交霊会」なるものが存在する。
霊媒を通して、死者の霊と語り合うというものだ。

世界中のキリスト教にもこのような派が少なくない。

幸福の科学は、大学の不認可を「宗教に対する偏見と迫害だ。憲法違反だ」と主張するが、それは相当的外れである。
大学の不認可は、霊言という現象や、魂の存在、霊界・死後の世界があるという世界観自体を否定するものではない。宗教界に対する挑戦でもない。世にはいろんな霊言が存在する。
文科省が学問ではないと斬ったのは「大川隆法氏の霊言」に対してであると私は解釈する。
その独善的体質は、学問とは相容れないものである。

世界中には多くの霊媒師が存在する。
たとえばスピリチュアル・カウンセラーの江原啓之氏は、英国スピリチュアリスト協会を訪ね、多くの霊媒師と会い、理論、実践を学んだ。

霊媒師たちは、死者の霊と語り合い、いわゆる「霊言」をする。それぞれが、霊の言葉を地上に伝えてくる。同一人物の霊言であっても、霊媒師によって伝えてくる内容は異なることもあるだろう。それらをすべて比較、検証したとき、大川隆法氏の見解と異なることも多々あるだろう。そのとき、幸福の科学には、大川隆法氏の霊言だけを絶対視することなく、他の霊媒師の見解をも謙虚に受け止める懐の広さがあるのだろうか?

大川隆法氏の霊言は決して絶対的なものではない。事実、過去世認定においても、何千人の前で堂々と語った内容を、20年たって間違いでしたと変更したことは、2度や3度ではない。先妻、第一弟子だった種村修氏、戦国時代の3人の殿様も全部後から過去世を変更した。そのくらい曖昧なものである。
今現在語っている霊言も、いつ変更されるかわからない。そのレベルのものである。

そうであるならば、自分の考えが絶対正しいなどと、独善的で傲慢不遜な態度をとらず、謙虚に自分と異なる意見にも耳を傾けるべきである。それがなければ、
学問的とはとてもいえない。学問という以上、感情ではなく理性的な判断、真実に対して謙虚でなければなるまい。

文部科学省が幸福の科学大学を認可しなかったのは、宗教活動ということで、理性的判断を捨て、盲目的に信じるのは自由ですけれども、それを学問として扱うことはできないのではないですか?」という問題提起である。


2013年12月5日に亡くなったネルソン・マンデラ南アフリカ元大統領。
その1週間後、米国のサナト・クマーラという教団の「降霊会」で、マンデラ元大統領は語りかけてきたそうだ。
その時の様子を生々しく語った映像がこれだ。



こういう現象は、世界中のあちこちで起こっている。
「霊言」を学問とするなら、こんな現象もよくよく吟味して、大川隆法氏の霊言と比較対照し、真実は何か客観的に研究してほしいものだ。




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真に霊的人生観を持つならば

真に霊的人生観を持つならば、
結果に一喜一憂するなかれ。

愛を動機とし、真実をもって
真心込めて誠実にことをなしたのか?

それとも
自我の心を動機とし、偽りや
見せかけの実績をもって
ことをなそうとしたのか?

それをこそ、振り返るべきであり、
それに対して喜んだり、
嘆いたりすべきである。

霊界が厳然として存在することを
知っている者にとっては
見せかけの実績を取り繕うことほど
虚しいことはない。

種をまき、芽が出て成長し、
花を咲かせて実を結ぶそのプロセスは、
一朝一夕になるものではない。

やるべきことをやっているとするならば、
後は時間を耐え忍ぶのだ。


イエス・キリストを見よ。
30才から33才までわずか3年の公生涯で
語った言葉は、4つの福音書に記録されているのみ。

しかし彼の教えは400年後にローマの国教となり
2000年の歴史をリードしてきた。

彼の真実なる人生が、
敵をも許す偉大なる愛の生き様が
神の姿を現していたのだ。


人の評価が問題ではない。
ましてや著作の出版数など。

真実は年月とともに明らかになっていく。


霊的人生観を持っているのならば、
真にそのような生き方をせよ。

ただ知っていることと、
そのように生きているのとでは
雲泥の差である。





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幸福の原理はシンプル~縁起の理法に帰る

あなたのいまの考え方、行動は、
ほんとうに自分自身を幸せに導くものか?

あなたは本当に今、幸せか?

たとえ現在、願いが叶っていないとしても
目標とするものに向かうあなたの心は幸せか?

心の底から沸き上がる喜びがあるか?
平安感に満ちているか?
希望があるか?

そうであれば
間違いなくあなたは幸福な人だ。


幸福の方法は簡単だ。

縁起の理法という宇宙の原則に従って、
良い種をまけば良い実が実り
悪い種をまけば悪い実が実る。

焦りの心、
怒りの心、
復讐心、反発心、
そして恐怖心からくる義務感・使命感、
それらの心で行動しても
決して良い結果は得られないし、
第一に自分自身が幸福でないはずだ。


原点に帰って
愛するということはどういうことか、
考えてみよう。

天がすべてご存知だから
すべては縁起の理法のごとくに展開する。

精いっぱいの誠を尽くして
あとは天にゆだねよう。

それがこの世とあの世を貫く「幸福の原理」なのだから。



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2009年以降「方便の時代」に再突入していた幸福の科学

2009年から、封印していたはずの「霊言」を乱発。
幸福の科学大学の不認可で決定的に問題になったのは
大川隆法氏の「霊言」が、学問と呼べるか?
ということだった。

昨日紹介した種村修氏のブログ記事をよんで
色々と考えさせられた。

20年以上にわたって幸福の科学をウォッチしてきたいま、結論付けてみると
2009年から、幸福の科学は再び「方便の時代」に入っていたと言える。



1994年ごろ、「方便の時代は終わった」ということで
幸福の科学は創立以前から行っていた霊言の収録、出版をやめた。

それまでの「霊言」を通して教えていたことのなかに
他の教えと矛盾が生じた内容があれば
「あれは方便だった」とバッサリ切り捨てた。

不信し内部告発した幹部たちに対しては
悪魔扱いし、断罪した。

それ以降は「霊言」をすることはなくなり、
法話という形で大川隆法氏が自分の言葉で真理を説き、
幸福の科学も明確に「仏教団体」という位置づけになった。

それまで「神」とか「神仏」と称していたものを
「仏」「仏神」とわざわざ言い換えるようになったし
「真理」のことを「仏法真理」というようになった。

外に向けての講演会はしなくなったものの
1990年代~2000年代と
それなりに信徒も増え、経済的にも潤い
あちらこちらに自前の支部や精舎もできて
順調に基盤を作っていっていたと思う。

この時点で、幸福の大学を準備し申請をしていたのであれば
十分に認可されたのではないか。

新しい宗教ではあるけれど
仏教を現代風に解釈した教派の教えを土台として
大学で人間の幸福、成功する経営、未来の産業を学び研究する
とすれば、それで社会にも、
文部科学省にも十分通用したのではないだろうか。


幸福の科学がおかしくなったのは、2009年からである。
この頃から再び霊言を始めるようになった。

坂本龍馬にはじまり、松下幸之助、西郷隆盛・・・
それから故人のみならず
守護霊の霊言として芸能人、スポーツ選手、
批判するマスコミがあれば、その出版社の社長・・・。
さらに宇宙人とかUFOまでも。

敵対する者の霊であれば
下品な言葉で悪態をつき、それは幸福の科学に嫉妬しているからだという。

そうでない場合は
幸福の科学や大川隆法氏をとにかく持ち上げる。

恣意的で、本当にその霊人の考えかどうかというのは疑わしい。

内容が「超」ワンパターンで、そこには何の「心の豊かさ」や「幸福」を
感じるものはない。


これらの霊言も含め「創始者の理念を学ぶ」として
大学で教えるというから、
文部科学省が「霊言は学問とは認められない」としてストップをかけるのは当然である。

しかも文科省の見解には、付け加えて
霊言を信じて宗教活動するのは自由ですからどうぞ。
学問としてはまだ認められないと言ってるだけですから・・・。
念入りにそんなことまで記されていた。

だから決して信仰の問題ではない。

また「霊が語る」という霊言、それ自体が問題というよりも、
大川隆法氏の霊言が本物だという確証がない
ということだ。


そもそも、封印していたはずの霊言を
2009年、どうしてまた始めたのか?

どんなに教えとして良いことを語ったとしても
実体が伴わない。生活化できない。

そして、衆議院選挙、参議院選挙と国政に乗り出すも惨敗。
離婚騒動。

これら多くの理想と現実のギャップ、
教えと実体のギャップ、
矛盾を越えて信者さんたちをつなぎとめるのは
「霊言」しかなかったのかもしれない。

しかも、きょう子夫人との別居生活が始まり
暴走する大川隆法氏に歯止めをかける者がいなくなった時期と一致する。
その頃から、大川隆法氏に物申すことのできる者が
きっと誰もいなくなったのであろう。


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霊言集による心理操作〜種村氏渾身の一筆

種村修氏のブログで、鋭い考察がなされている。

「霊言集による心理操作を点検する」


一部を引用すると・・・

OR氏は「霊言」を非常にご都合主義的に使っています。K会の建前では、霊言はあくまで個性を持った霊人の言葉なので、OR氏の意見とは一致しなくてもかまわず、その意味でOR氏は発言の責任を免れています。

本物の霊言かというと、私は絶対に違うと確信しています。これは私の悪口を書いた『舎利弗の真実に迫る』を徹底的に検証して確認したことです。OR氏は「舎利弗」や「種村守護霊」と称して下手な演技をし、実際には自分が言いたいことを語っています

OR氏は「霊言」の演出をして、それをDVDや本で会員に学習させることで、自分の責任を回避しつつ、「主の今の考えはここにある」と思いこませ、それによって会員を動かしてゆきます。今までの教えや方針が都合が悪くなれば、別の「霊人」を演出して、そこで別のことを言わせます。その結果、自動的に前言を修正できるという仕掛けになっています。極めてご都合主義です。



種村氏の記事を読んで、なるほど、「だから霊言をやめられないんだ!」とわかった。

例え信者以外の誰からも信じてもらえなくても、文科省からペナルティを食らって完全否定されても、霊言を止めないのは・・・信者さんが相手だからなんだね。


信者さんのブログと、
一般の人のブログと、
霊言に対する反応を観察・比較するとよくわかる。


詳しくは種村氏のブログを。

ぴったり合ってる。




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下村文部科学大臣 幸福の科学大学設置についての見解

すいふとのブログ」に、
下村博文文部科学大臣会見(平成26年10月31日)が
Youtube動画と合わせて紹介されていた。


今回の幸福の科学大学の設置認可申請については、大学設置学校法人審議会において、専門的な観点から審査が行われた結果、教育内容の根底となる部分に学問性が認められず、学校教育法が定める大学の目的等の要件を満たしていないとの判断がなされたものと受け止めております。

また審議会委員に対して、認可の強要を意図するような不適切な行為が行われたことの報告があり、更に文部科学省に対しても霊言本の中で脅しと思われるような表現があったり事務相談において、職員に対して脅しのような発言がなされたりするなど、認可の可否の判断に当たって、心的圧力を掛けるような不正の行為が行われたところであります。

これらの行為は設置認可制度の根幹にかかわる問題であり、誠に遺憾であります。

文部科学省としては審議会の答申及び、不正の行為が行われていたことを踏まえ、本日31日付で不認可を通知する予定であります。



霊言に学問性があるかないかだけでなく、
認可を強要するような「脅し」があったことが指摘されている。
これは宗教の信頼に係る大問題である。


どんなに良いことを語り、
良いことを目指し、
良いことをやっているようでも、
そこに愛、信頼があり
コンプライアンスの精神がなければ、
人からは決して受け入れらない。

むしろ人格を疑われてしまう。

独善は傲慢につながり、
素直に耳従う謙虚さをなくし、
結果として、善ではなく悪を繁殖してしまう。

宗教に対して熱心になればなるほど
独善的になっていないか
気をつけないといけないと思う。

人ごとではなく・・・。



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