2014年03月 | 家庭連合の信者が幸福を科学すると

宗教の次元を超えた「家庭づくり運動」

教会のメンバーと話していて、色々と悟らされることがあった。

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私たちがやろうとしているのは宗教活動ではなくて
「家庭づくり運動」だ。

宗教の次元を超えたものだ。

だから何の宗教でも関係ない。
キリスト教徒も仏教徒もイスラム教徒もユダヤ教徒も、
宗派の違いが問題ではなく、
いかに理想的な家庭を築いていくか、
そして理想的な社会、国、世界を目指していくんだ。

宗教論争をしている場合ではない。

もっともっとレベルの高い愛、
心の底から喜びが沸き上がる
そんな家族関係、人間関係を築いていきたいと思った。


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透視が大外れで、霊言の信ぴょう性はどうなる?

行方不明となっていたマレーシア航空機が
インド洋南部に墜落していたと
マレーシア首相が記者会見した。

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幸福の科学の大川隆法総裁は
いち早くエドガー・ケイシーの霊を呼び出して
「大透視」していたが、大ハズレだった。

ネット上には
「機長の守護霊を呼び出したら?」とか
「エドガー・ケイシーの霊を使わなくても
大霊能者なんだったら自分でやれば?」とか
いろんな声が上がっていた。

今回の大ハズレは
エドガー・ケイシー霊に責任転嫁されるのだろうか(笑)

いままでの前世変更などに見るように
当時は「こうだ」と断定していたことが
後になって「やっぱり違った」ということが甚だ多いのが
幸福の科学の特徴だ。

霊言本が何百冊でたといっても
信ぴょう性はその程度ということか。

このレベルでは霊界の証明どころか、
創作と疑われても仕方あるまい。


以下、参考としてリバティWebに掲載されていた記事を引用する。

「主翼の左部分が、飛行中に真ん中辺りから折れて、墜落した」

 招霊されたケイシー霊は、まず、370便に異変が起きた場面を透視し、こう指摘した。
「旅客機の主翼の左部分が、飛行中に真ん中辺りから、ポキッと折れるような形で折れ下がって、その後、破片みたいに飛び散りました。前に飛ぶことができず、急に、左斜め下に、きりもみ状態で落ちていった。乗客に連絡する暇もないような状態で、パイロットも管制官を呼び出して話をするような状態にはないですね。(パイロットは)何とかしようと焦ったが、主翼が飛んだということに気づくのが少しだけ遅れた」

 マスコミ報道では、370便が「マラッカ海峡に向かってUターンした」「マラッカ海峡でレーダー反応があった」、ということが伝えられているが、ケイシー霊はこれを否定。次のように話した。
「(報道では)マラッカ海峡のほうに帰ってきたんじゃないか、というふうに言っていますが、そちらのほうではなくて、真っ直ぐ北京と結んだ方向の、南シナ海のかなり深い所に墜ちていると思います。水深はかなり深いです。浅く見ても1000メートルはあるところまで沈んでいるので、残骸を引き揚げることも簡単ではないと思います。その水深だと、潜水艦でも潜れない。これは(捜索が)難航すると思われます」


「ミサイル攻撃やテロ攻撃ではない。これは事故です」

 また、ケイシー霊は、墜落の原因について、こう断言した。
「機体に問題があった。やはり、これは一度、事故を起こしている機体。だいぶ修理したことになっているのでしょうが、それが不十分だったと思われます。ミサイル攻撃やテロ攻撃などではないと思われます。これは事故です」




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許せない!大川隆法の暴言

大川隆法著『忍耐の法』に、とんでもない暴言が書かれているようだ。



統一教会広報局は、
幸福の科学・大川隆法氏に対し、抗議文を送付し、謝罪と訂正を求めたという。

幸福の科学・大川隆法氏に厳重抗議

これを読むまで、私も知らなかった。

こんなことが書かれているようだ。

「彼(注:文鮮明師)は、この福音書に基づいて、『神の独り子が、救世主として生まれて、死ぬときに、『神よ、神よ、なんぞ、われを見捨てたまいしか』と言うことは、あり得ない。だから、このキリストは偽キリストだ。これこそが偽キリストであり、偽物である。・・・』というようなことを述べています」(219ページ)

「ああ、そうだな。イエスがそんなことを言うのは、おかしいな。だから、『聖書』のほうが間違っていて、このイエスは本当のメシアではなかったのだ」(大川隆法著『忍耐の法』220ページ)と信者は信じている。


これは統一教会の教義をちょっとでも知っている者なら、
誰が見てもおかしいと思う記述だ。

入信したばかりの信者から
50年来の古参信者にいたるまで、
教義をそのように理解する信者は一人もいないだろう。

イエス・キリストがメシヤとして来られたことを
聖書に基づいて、これでもかというばかりに証明し、
解説しているのが原理講論であり、
文鮮明師の教えなのだから。


大川隆法氏の解説は
見当違いもはなはだしい。

どう解釈したらあんなふうに読めるのか、
あまりに初歩的な間違いで
開いた口が塞がらないというか、
「文鮮明師がこういった」などと、
どうしてあんなに堂々と
平気で嘘をつけるのか、

悲しくなる・・・。

おいコラ!
批判するなら少しは教義を調べてから
批判しろ!

前に出した「文鮮明守護霊の霊言」でも、
統一教会の教義が転生輪廻を否定していることも知らずに
前世がどうとかやらかしてたし。

まったく、説法するにも準備がなさすぎ、
というかレベルが低すぎて話にならない。

プンプン!



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大川隆法総裁、マレーシア航空機予言で自爆か?

以前、ある占い師が「自爆」したことがあった。

それは雅子様が愛子様を懐妊された時。
時の運勢を解説しながら、
「生まれてくるお子様は男の子です」
と断定していた。

それを聞きながら
「そんなことは断言しない方がいいのにな。
男の子か女の子か、それは二つに一つとはいえ、
神のみぞ知ることだ。
そもそも皇室のことについてあれこれ、
失礼では?
よほど自分の能力を誇示したいのか?」
当時そんなことを感じたのを覚えている

そして雅子様の出産。
愛子様が誕生された。

その後、占い師がどう弁明したかは知らない。


なぜ今頃になって10年以上も前のこんな出来事を思い出したのかというと、
最近似たような事例を目にしたからだ。

マレーシア航空の旅客機が
不明になった事件で、
いち早く反応した自称「世界最大の霊能者」大川隆法総裁。

エドガー・ケイシーの霊を呼び出して
行方不明の航空機の墜落場所や状況を
断定したのだが、
後日伝わってくる新情報と比べると
全くの見当違いのようなのだ。

信者さんにはどう弁明するのだろう?

一連の霊言の信ぴょう性は
なくなってしまう。


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家庭不和の背後に悪霊の作用

前回に引き続き、
ブログ「大川隆法総裁の元気の出る名言集」より
家庭に関する幸福の科学の教えを紹介する。

ここで、霊的な世界から見た現実について家庭のなかで不和が起きるときは、ほとんど九十九パーセント、悪霊の作用があります。もちろん、この世的に考えて合理的な理由も多々あるわけですが、その背後には、必ず悪霊の作用があります。

 ですから、夫婦不和、夫婦喧嘩、離婚騒動が起きるときには、もう一度踏みとどまって、これはほんとうに自分の考えなのかどうかを、よく考えていただきたいのです。そういうときは、相手がものすごく悪く見えてきます。いくら考えても相手が悪いと思えるような状況が、確かにいくらでも出てくるのです。そして、相手にこそ悪霊が入っているに違いないと思うわけですが、そう思うときには、自分自身のほうに悪霊が入っていることのほうが、実ははるかに多いのです。

 他人が悪く見えるときには、悪霊が入っていることが多いのです。それをよく知ってください。「まわりがみんな悪人だと思えるほどの悪人はいない」という言葉がありますが、その通りなのです。家庭でも他の人が悪く見えるときは、自分自身が悪いことのほうが多いのです。ですから、その考え方が自分自身のものなのか、それとも、他の世界のもの、はっきりいえば憑依している悪霊から来ているものでないかどうかを、よく考えていただきたいのです。


このあたりの話は
統一教会で言われることとほぼ同じだと思う。

他宗教との違いを見るより
共通点を探るのはなかなか楽しいものだ。


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家庭の調和がユートピアの根本

まだまだある。
幸福の科学の書籍のなかで、
「なかなか良いこと言うな」と思った
家庭ユートピアの教え。

まず、家庭をおろそかにしてはならない。家庭をおろそかにして仏国土建設ということはありえないということを、肝に銘じなさい。自らの家庭をおろそかにして、たとえ外においていかなる慈善事業をしようとも、たとえ外においていかなる難民救済をやろうとも、たとえ外においていかなる献金をし、いかなる信仰深い行為をしたとしても、もし、家庭というものをおろそかにしたならば、そのような信仰は本物ではない。

仏法真理はいつも身近なところから始まる。まず、自らの住む場所を、自らの居る場所を、まず、自らの家庭をユートピアにせずして、全世界をユートピアにすることはできない。そう思いなさい。

あなたがたの家庭をユートピアにするのは、いったい誰の力であるのか。他の人が来て、その家庭をユートピアにしてくれるというのか。あなたが家庭について責任を持たず、家庭の調和を乱しておりながら、まったくの他人がその家庭のなかに入ってきて、すべてのものをユートピアにしてくれるというのであろうか。そんなことはあるまい。

その家庭の不調和をつくっている原因は、あなた自身であろう。いや、あなたの家族全員であろう。さすれば、まず自らの内より、ユートピアを創ってゆきなさい。

すべてのユートピアの根本は、各人が自らの家庭を調和してゆくところにある。これなくしてのユートピアはない。これを言っておく。

これがユートピアの、実に九割を占めることなのだ。

大川隆法著「仏陀再誕」より


「もし、家庭というものをおろそかにしたならば、そのような信仰は本物ではない」とか
「すべてのユートピアの根本は、各人が自らの家庭を調和してゆくところにある」とか
なかなか名言であると思う。

ブログ「大川隆法総裁の元気の出る名言集」も
参考にさせてもらった。

文鮮明先生の自叙伝にも「家庭は天国の出発点」という言葉がある。
家庭の調和がユートピアの根本だという幸福の科学の教えには共感する。


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(続々)幸福の科学の家庭ユートピアの教え

幸福の科学にあった家庭ユートピアの教え。
探せば名文がたくさん出てくる。

 仏は、何ゆえに男女を結びつけ、終生変わらぬ愛を続けさせようとするのでしょうか。実は、「家庭愛のなかには、ある意味で、すべてが含まれている」と言っても過言ではないのです。

 私は、かつて、「愛は結びつけ合う力である。愛は地上においても実在界においても最大の力である」ということを述べたことがあります。一人ひとりの人間の力は、小さく有限に見えるかもしれませんが、互いに手を取り合うことによって、さらに力を強め合うことができます。「愛は無限に結びつけていく力であるからこそ最大の力であるのだ」と私は語ってきたのです。

 家庭愛においては、この努力が試されていると言えます。結びついたものが、すぐに離反していくだけならば、それは愛の力とは言えないでしょう。愛の力のなかには、「結びついたものが、互いに力を強くし合いながら、決して手を離さない」というところがあるのです。

(中略)

 したがって、夫婦がお互いに愛し合い、相手を生かし合う経験をすることは、仏の経験の一部を人間が味わうことにほかなりません。万一、そのときに、苦労と思われるものがあったとしても、それは、「仏の苦労がいかばかりであるか」ということを推測するための、貴重な教訓になるに違いないのです。

(大川隆法著「限りなく優しくあれ」より)



神の教えが実践され、実体となる。
やがてそれが伝統となり、文化となっていく。

そこには不断の努力と信仰が必要である。



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(続)幸福の科学の家庭ユートピアの教え

幸福の科学にあった家庭ユートピアの教えの続き。

初期のころの書籍には、なかなか格調高い教えが説かれていた。

 信じ合い、調和した家庭をつくるなかに、大きな光が出てきます。そういう家庭を「光の出城」といいます。この光の出城をつくるのです。ここから出発していくのです。まず足元を固めていかなくてはなりません。

 断じて、妻と夫が競い合い、お互いの長所を削ぐようなことがあってはなりません。親と子においても同じです。互いを生かし合う関係をこそ選ばなくてはなりません。

 男女調和の道、家庭調和の道、家庭ユートピアの道から始まっていくものこそ、ほんとうに世界を救っていく力となるのです。

(中略)

 夫婦が相和し、仏法真理の下に生きる。親子が協力し合い、真理家庭を築いて進んでいく」ということこそ、第一歩なのです。そのような家庭が地に満ち満ちてきたときに、その社会や国から光が出てくるのです。

 信仰がある家庭からは光が出ています。霊天上界から見ると、その家から光が出ているのです。霊天上界から地上を見下ろせば、数限りない家がありますが、そのなかで、光が出ている家があります。そこは、仏の心に適った生き方をしている家庭なのです。夫婦が調和し、親子が調和し、仏法真理を学びながら生きている家庭からは、光が出ているのです。こういう家庭を築いていかなくてはなりません。

 そして、光に溢れた家庭を日本国中につくっていくことこそが、幸福の科学の仕事でもあるのです。色とりどりの花が咲き誇っている光景を、みなさんは「素晴らしい」と思うでしょう。私もそう思います。「花一輪よりも素晴らしい」と思います。「そのような、光溢れる家庭に満ちた国こそ、理想国家である」と私は信ずるものです。

大川隆法著「限りなく優しくあれ」より


光りあふれる家庭に満ちた国こそ、理想国家であるとは
まさにそのとおりであると思う。

人づくりが、家庭づくりにつながり、それが国づくりにつながる。

原則は変わらない。

宗教宗派の枠を越えて、宗教者が力を合わせていかなければならない課題ではないだろうか?



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ウクライナ人が語るウクライナ情勢

先日、「ウクライナへロシアが軍事介入か?」ということで記事を書いた。

「ウクライナ人が語るウクライナ情勢」
というブログ記事を読むと、
ウクライナ情勢の背後には
単純にロシアかヨーロッパかではないものがあることがわかる。

http://lite.blogos.com/article/81519/

単純にメディアの情報を鵜呑みにするだけでなく
現地で暮らす人の生々しい話を聞かないといけないと思った。



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一国主義では平和をつくれない

「ウクライナにロシアが軍事介入へ」というニュースを見た。

ウクライナ国内では東西で、ヨーロッパよりの派とロシアよりの派と分かれて
長い間主導権争いがあったようだ。

一概にどちらが良くどちらが悪いとは
言い切れないだろう。
それぞれの人々に、将来を案じ、
民族を愛し、国を愛する心があふれていることと思う。

しかしそれでは対立するしかない。
争いが止むことはない。
とめどなく分裂に向かっていく。

それは果たして国民が
本当に幸福になる道なのか?

平和に暮らせる道なのか?

平和をもたらすには、
民族を超越し、国を超越する思想が必要なのだ。

それは政治では難しい。
国を超え、世界規模、地球規模で発想することのできる思想、
それは宗教しかない。

しかも国境を超え、時代を越えて人々の心を導いてきた
キリスト教、仏教、イスラム教のような世界宗教である。

神の心には、国境も人種も
民族の違いもないと思うからだ。

ただし一国の国益を中心に発想する宗教では
世界の平和をもたらすことは困難であると思う。

わかりやすい例では、
たとえば現在の幸福の科学のように、
むしろ国粋主義に傾いていく。


いまや全世界の宗教者が、
人間の良心を代表し、国の利害を越えて、
世界平和の道を模索すべき時である。

現代では環境問題をはじめ、一国だけで解決できない問題が
あまりにも多すぎる。


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