2013年01月 | 家庭連合の信者が幸福を科学すると

イエスを証した後に不信した洗礼ヨハネ

大川隆法氏は洗礼ヨハネの使命を持っている。
そのことについて、もうすこし洗礼ヨハネの歩みを追ってみることにする。

洗礼ヨハネがイエス・キリストのことを「見よ、神の子羊」と弟子たちに証したことで
イエスのもとに行った弟子たちも多くいた。

ヨハネによる福音書 第4章
イエスが、ヨハネよりも多く弟子をつくり、またバプテスマを授けておられるということを、パリサイ人たちが聞き、それを主が知られたとき、(しかし、イエスみずからが、バプテスマをお授けになったのではなく、その弟子たちであった)ユダヤを去って、またガリラヤへ行かれた。

洗礼ヨハネは、ひとつの寂しさを感じたようだ。
「彼は必ず栄え、私は衰える」とも語っている。

神の啓示を受け感動的にイエスを証ししたヨハネだったが、
時間の経過とともにだんだんとイエスのことを
人間的に見るようになってくる。

聖書にはヨハネとイエスの関係は親戚(従兄弟?)だったと記されている。

 ↓ ↓ 聖母像に描かれているイエスとヨハネ
$幸福の科学を統一教会の信者が見ると

親戚ということで、幼少時から交流があった可能性もある。
先入観もあっただろう。

洗礼ヨハネは、神霊に満たされ感動のなかにあったときには、イエスを救世主として証した。
しかし、霊的な摂理が切れて(幸福の科学的に言うと「天上界の指導が得られなくなって」)
人間洗礼ヨハネに立ち戻った時、
イエスに対して不信するようになってしまった。

(マタイ11-2、3)
さて、ヨハネは獄中でキリストのみわざについて伝え聞き、自分の弟子たちをつかわして、イエスに言わせた、「『きたるべきかた』はあなたなのですか。それとも、ほかにだれかを待つべきでしょうか」。

イエスはこの知らせを聞いて失望する。
(11-6)
「私につまづかないものは、さいわいである」

(11-10、11)
『見よ、わたしは使をあなたの先につかわし、あなたの前に、道を整えさせるであろう』と書いてあるのは、この人のことである。 あなたがたによく言っておく。女の産んだ者の中で、バプテスマのヨハネより大きい人物は起らなかった。しかし、天国で最も小さい者も、彼よりは大きい。

イスラエル民族が選民として選ばれ、
イエス・キリスト誕生までの2000年の歴史のなかで
救世主の到来を預言した人物は、旧約聖書に数多く記されている。
しかし、直接的にイエスに出会って証しする使命をもった人物は、洗礼ヨハネだったのである。
そのようにバプテスマのヨハネより大きな使命をもった人物はいなかった。
しかし、不信して失敗したいま、霊界にいる預言者たちの中で
彼は最も小さい人物になってしまった(恥かしい姿になってしまった)
そんな意味であろう。

洗礼ヨハネはその後、領主の結婚を非難し斬首されてしまう。
本来は、自ら一番弟子としてイエスと共に歩むように準備された人であったが
あっけない最期を遂げることになる。

 ↓ ↓ サロメと洗礼者ヨハネ
$幸福の科学を統一教会の信者が見ると

証し人洗礼ヨハネの不信は、ユダヤ人たちの不信を招き、
その後、イエス・キリストの行く道は極めて困難になる。
十字架への道を決定づけた事件である。

イエス・キリストが生きて救世事業を果たすために
洗礼ヨハネの使命は大きかったが、
使命から外れたとき、その最期は悲惨なものであり
霊的な役事もなくなった。


大川隆法氏が、「神理の学習団体」であった幸福の科学を
宗教法人としたのが1991年。

宗教法人化に、善川顧問は反対されたと聞く。

そして宗教法人の申請にはご本尊が必要なんだが、
なんと、自らをご本尊にしてしまった。

本人は「これで幸福の科学という団体が1000年後もあるということになった」
と意味不明のことを宣っていたが、
洗礼ヨハネとしての使命を誤った大きな一歩だったと思う。

1980年代から何度となく行事に参加させてもらってきたが、その頃が幸福の科学にとって一番のピークだったようにお見受けする。
(あとは下り坂・・・)


参照 wikipedia「洗礼者ヨハネ」

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洗礼ヨハネは救世主を証しできたのか?

$幸福の科学を統一教会の信者が見ると

イエスを見たヨハネは「まさしくこの方が来るべき方だ」という神の啓示を受け、「この方こそ神の子だ」と証言する。

ヨハネによる福音書より
(1-29)その翌日、ヨハネはイエスが自分の方にこられるのを見て言った、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊。
(1-30)
『わたしのあとに来るかたは、わたしよりもすぐれたかたである。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この人のことである。
(1-31)
わたしはこのかたを知らなかった。しかし、このかたがイスラエルに現れてくださるそのことのために、わたしはきて、水でバプテスマを授けているのである」。
(1-32)
ヨハネはまたあかしをして言った、「わたしは、御霊がはとのように天から下って、彼の上にとどまるのを見た。
(1-33)
わたしはこの人を知らなかった。しかし、水でバプテスマを授けるようにと、わたしをおつかわしになったそのかたが、わたしに言われた、『ある人の上に、御霊が下ってとどまるのを見たら、その人こそは、御霊によってバプテスマを授けるかたである』。
(1-34)
わたしはそれを見たので、このかたこそ神の子であると、あかしをしたのである」。



洗礼ヨハネがイエスを証しすることで、弟子たちはイエスのもとに行くようになる。

(1-35) その翌日、ヨハネはまたふたりの弟子たちと一緒に立っていたが、(1-36) イエスが歩いておられるのに目をとめて言った、「見よ、神の小羊」。
(1-37) そのふたりの弟子は、ヨハネがそう言うのを聞いて、イエスについて行った。

(1-41) 彼はまず自分の兄弟シモンにに出会って言った、
「わたしたちはメシヤ(訳せば、キリスト)にいま出会った」。


洗礼ヨハネの弟子たちは、
自分たちがメシヤではないかと思うくらいに尊敬していた先生から
「彼こそが神の子である」と証しされたので
素直にイエス・キリストのことをメシヤとして信じることができたのだ。

このように、神は救世主を送るまえに
洗礼ヨハネという人物を通して、道をまっすぐにする準備をなされた。

1980年代、バブル景気に浮かれ酔いしれる日本のまっただ中で
物質的な幸福には飽き足らない、
本当の心の幸福、精神的な充実感を求める純粋な人々が
幸福の科学に集っていった。

これは大きな神の計画であったように思う。
地球規模の救世事業が始まろうとしていたのだ。

しかして、大川隆法氏は洗礼ヨハネの使命を果たすことができたのだろうか?

彼は来るべき真の救世主を探し出し、自分に従ってくる弟子たちに対して
証ししなければならなかったのだが。

洗礼ヨハネに神の啓示が下り、イエスの上に
「御霊がはとのように天から下って彼の上にとどまるのを見た」ように
1990年頃、大川隆法氏にも
「この方がきたるべき方である」という啓示は
まちがいなく降りたはずである。

それを謙虚に受け入れるか、受け入れないかは
神も干渉できない大川隆法氏自身の責任なのである。

それが、その後幸福の科学という神理探求の団体がどうのような道を行くかを
決定づけることになる。


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大川隆法と洗礼ヨハネ

$幸福の科学を統一教会の信者が見ると

聖書を見ると、救世主イエス・キリストが人々の前に現れるまえに、ヨハネという人物が登場する。

バプテスマのヨハネとも洗礼者ヨハネとも呼ばれる。

祭司の息子であり、誕生時の奇跡があり、その人格と修道生活から、人々が「もしやあなたがキリストでは?」と問うてくるほどの人物であった。

ヨハネは「わたしはキリストではない」と告白する。

ではヨハネの使命は何なのか?


(1-15)ヨハネは彼についてあかしをし、叫んで言った、「『わたしのあとに来るかたは、わたしよりもすぐれたかたである。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この人のことである」。

(1-23)彼は言った、「わたしは、預言者イザヤが言ったように、『主の道をまっすぐにせよと荒野で呼ばわる者の声』である」。

(1-26)ヨハネは彼らに答えて言った、「わたしは水でバプテスマを授けるが、あなたがたの知らないかたが、あなたがたの中に立っておられる。(1-27)それがわたしのあとにおいでになる方であって、わたしはその人のくつのひもを解く値うちもない」。

ヨハネ自身が証言している。自分のあとに来る方のほうがすぐれた方だ。自分のあとにくる主の道を、まっすぐに整えるが私の使命だと。

そして翌日、イエスを見たヨハネは「まさしくこの方が来るべき方だ」という神の啓示を受け、「この方こそ神の子だ」と証言する。


私は、大川隆法氏が洗礼ヨハネと同じ使命をもっていたと考える。

一部の者からは、「もしや、あなたこそが来るべき救世主ではありませんか?」
と言われるほどの人物。しかし救世主ではない。

来るべき救世主の前に、道を整えて準備する者だ。

霊界の存在を証し、善良な人々の心を神に向ける。

1980年代、幸福の科学が「神理の学習団体」のころは、たしかにそうだったのではないか?

既成の宗教や思想では満足できない純粋な求道者たちが集っていたのではないか?

それらの者を来るべき主につなげるのが、神から見た大川隆法の本来の使命だったのだ。


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目的のためなら手段を選ばず

幸福の科学の支部へ行った時のこと。

支部長から「統一教会も色々問題になってますね」と言われるから、
「そうですね。目的のためなら手段を選ばずとなってしまったかもしれない。
いき過ぎたところもあったと思う」

自重気味に言ったんだけど、
そうしたらその支部長、鬼の首を取ったみたいに
「そうでしょう~!だから邪教だと言ってるんですよ~」だって。

アンチサイトを見てると
いやいやどっこい、
幸福の科学さんのほうがずーっとエゲツないと思うなあ。

統一教会信者であればいちおう神と霊界は信じているし、
天法に反したらいけないという強い自制心がある。
たとえば不倫はダメとか。

悪事が誰にも知られず、この世では裁かれなかったとしても
あの世で裁かれてはいけないというブレーキがかかる。

多少この世の法を外れたとしても、あの世の法には触れてはいけないと。

だから無茶はあっても、絶対に越えない一線がある。

しかし幸福の科学の内情を知ると・・・。
本当に信仰者?と思う話が多い。

この世の法どころか、
あの世の法にも完全に反してしるんじゃないかと。

あまりに刺激が強くて、
幸福の科学アンチサイトのチェックが癖になったこの頃。


この世の法もしっかり守らなければ、世の中からは認められないのは当然で
統一教会もその通りだと、一信者として自らを戒める。


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魔にやられてるのはどっち?

自分自身の内面をチェックする法として
人の良いところと悪いところを
客観的に見ることができるか
ということでチェックして、努力している。

幸福の科学を批判しているからって
私は幸福の科学が全部悪いとは思っていない。
良いところもあるし、悪いところもある。
良い人もいれば、悪い人もいる。

私の信じている統一教会だって
もちろん全部良いとは思っていない。
良いところがあれば、悪いところもある。
良い人もいれば、悪い人もいる。

自分自身を見たって、
良いところと悪いところがあるじゃないか。


ところが、感情的になると
まったく目が曇ってしまうんだなあ。

相手のやることなすこと、全部が悪く見える。
冷静に客観的に判断できなくなる。

私心なく見るということは簡単ではない。
これが幸福の科学で言う「正見」ということであろう。

統一教会もさんざんマスコミから叩かれてきた。
とにかく「全部悪い!」という論調だった。

政治家や芸能人なんか、ちょっと関わっただけでも
糾弾されたり、気の毒だった。

絶対悪の統一教会を反対するんだから、
反対する自分たちは正義でしょという論理だ。

絶対悪の統一教会に反対するのならば、
何やっても許されるでしょみたいな空気がある。今でも。

正しく見てもらえるようになるには時間がかかるだろう。
自ら襟を正し、コンプライアンスを徹底し、
世の中に役に立つ存在になるよう努力しなければ。

アンチブログを色々みていると、
幸福の科学職員や信者の驚くべき姿がみえる。
「自分が全部正しい」
「批判する者は魔にやられてる」という考え方は
明らかに間違いである。

「魔にやられてるのは、そういう目でしか人を見れないあんたでしょう」
という話だ。

アンチの皆さんも、一度自分自身の心をチェックしてみられてはいかがだろうか?
「人のふり見て我がふり直す」者でありたいものだ。

マタイ福音書7章にあるイエス・キリストの言葉
「なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。」



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幸福の科学ではなく、捏造の科学?

昨日、2チャンネルに以下の投稿があった。


こんなメールが回ってきた。

- - - - - - - --- 転送メッセージ - - - - - - - ---

◇皆様に是非知って頂きたい真実◇

アルジェリアの人質事件が終わったその日、政府筋から幸福の科学に感謝の電話があったという話がある。

それはなぜか?断片的な情報をつなぎ合わせると全貌が見えてくる。

幸福の科学は、じつは事件発生してすぐに特別対策本部を設置した。
現地にいる職員と信者の保護のためである。
しかしそれとは別にアフリカに影響を与えるワールド・ティーチャー、
マスター大川が直接指揮して作った組織がある。
その名も「ヘルメス・ウィング@アフリカ」、
これはアフリカ情勢に強い職員と信者を緊急選抜して作られた極秘組織である。

アフリカに張り巡らせている幸福の科学の情報網が首相官邸の目となり耳となったのは疑いの余地もなし。
マスター大川はウガンダの外務大臣に電話して協力を求め、そしてその動きにアフリカ各国が同調した事実。
これ等の情報は全て外遊先の安倍首相に伝えられていた。
普段は決断できない安倍首相がこの日ばかりは決断できたのは、
ヘルメス・ウィング@アフリカによってもたらされた情報のおかげに他ならない。


しかし、その情報を生かすも殺すも首相のブレーン次第。幸福の科学をよく思わない輩がこれを排除した。
落胆し、また憤る職員達。
しかし、それでもマスター大川は、「最新情報を首相に伝え続けよ!」と号令を下した。
迷いはない!24時間体制のヘルメス・ウィング@アフリカは全力で情報を集め、手がかりを伝え続けたのである。
その頃、幸福実現党に一本の電話が入った。
日頃から幸福実現党は全米共和党アジア担当顧問饗庭直道を通じ、
アメリカ国防省と連携しているのは周知の事実。
そう、人質救出作戦についてマスター大川の霊的力を借りたいと言うホワイトハウスからの要請だった。
「ついに合衆国政府が正式に助けを求めてきた!」
「これは無理解な日本国民とのマスコミに幸福実現党の真実の力を見せるチャンス!」
と意気込むヘルメス・ウィング@アフリカの面々。
しかし、何故かマスターは悲しい目をしながらこれに返答しなかった。
アルジェリア特殊部隊がまもなく突入するのをマスターは見通されていたのである。
・・・・・その後の結果は皆様も知っての通り。
じつはマスター大川はリーマン・ショックの際も麻生首相に電話して世界大恐慌回避策を授けた事実がある。
バーナンキを救った事実は、欧米財界・金融エリート達・富裕なヨーロッパ貴族達にとっては周知の事実。
それは、世界大恐慌に陥らなかった事実でも歴史が証明している。
Who Saved Bernanke and Who Saved the World?
http://heratri-topics.blogspot.jp/ (英文)
『誰が、世界とバーナンキを救ったのか?』
http://heratri-topics-jp.blogspot.jp/2011/01/20101231.html (訳文)
幸福実現党の推薦していた人物を、安倍首相はブレーンにすべきではないのか?
今からでも遅くない、首相は三顧の礼で迎えるべき。決断できない安倍首相、まさに再び決断する時なのだ。
2013年1月24日 18:06


幸福の科学信者さんが読めば、そうなんだ!総裁すごい!がんばらなきゃ!
と熱くなる文章だと思う。

アンチとしては、
ありえない飛躍の連続で、もっともらしくこじつけて、めいいっぱい妄想してるな~と
斜めに読むのだが、
昨日、やや日カルト新聞のコメント欄に
匿名さんの驚くべき書き込みがあった。

総合本部では、全体的な停滞感が漂う中、会員さんたちの活性化を計ろうとあの手この手を考えているのでございます。
今回のアルジェリアの人質事件を使って何か出来ないかと真剣に考えているのでございます。
「助かった日本人は会員だったからだ」「総裁先生の指示で首相が現地に飛んだのだ」など、作り話を一生懸命に考えているのでございます。
それを会員向けにクチコミで流したり、事実でないことを月刊誌に掲載することさえ考えているのでございます。
総裁先生が「あの時は私が霊的に指導した」とおっしゃることはよくあることでございますが、
職員も同じように嘘のシナリオを作り、手柄を上げようとしているのでございます。
ですから多くの職員は当会が発信している情報を信頼していないのが実情でございます。
しかし、会員さん向けの情報としてはまだまだ通用するとのことでございます。
以上です。

2013年1月24日 10:56



この書き込みのおかげで、裏側の様子がはっきりわかった。

何だ、こじつけでもなく、完全な捏造ではないか!?

幸福の科学ではなく、嘘の科学、捏造の科学ではないか!

エル・カンターレのためなら何をやってもよいのか?
嘘・捏造も善とされるのか?

因果の理法を学んでおれば、
そんな嘘や捏造にまみれた情報が、どんな結果をもらたすか
子供でもわかることではないか?

たしかに統一教会でも
針の穴を棒のように誇張して信者に伝えることはままあった。
針小棒大ね。
ついオーバーに表現してしまう。

しかし、根も葉もないことを捏造して
信者に伝えるということはありえない。

神と霊界を信じているし、
嘘はいつかばれることが明白だから。

たとえば2018年冬期オリンピックの会場となっている
韓国の龍平リゾートは、統一教会の財団が所有している。

(参照Wikipedia 龍平リゾート

冬のソナタの舞台となったことでも有名なところだ。

そこに行くと、ペ・ヨンジュンやチェ・ジウの出てくるシーンが
あちらこちらで思い起こされる。

「これは二人が乗ったゴンドラね」とか。

それがいつの間にか教会員のあいだで
「ペ・ヨンジュンは、親が統一教会員であり彼は信仰二世だ」みたいな噂に
なってしまったことがある。

「そうだったらいいのに」という願望が妄想となり、
噂となってしまうのかもしれない。

だから幸福の科学の職員が、いろんな妄想をする気持ちはわかる。
そしてそれを信じたい信者の気持ちも。

でも、だからといって
根も葉もない話を捏造して、それをもっともらしく会員に宣伝したらだめでしょう?

同じ宗教者として
神の存在を信じ、霊界の存在を確信している人間だとすれば、
「作り話を一生懸命考えてる」という心理は理解しかねる。

会内でだけ通用する空想話で、会員をいい気分にさせるのではなくて
実績を積み重ねて、
外の誰が見ても納得する結果をだしなさい!


幸福の科学の取る一つ一つの行動は
宗教団体としてこうなったらいけないという見本を
とてもわかりやすく見せてくれて、大変勉強になる。


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生命の起源は宇宙人?

人間の生命はどこから来たのか?

まず第一は、人類の起源は、三億六千万年前に他の惑星から肉体を持ってやってきたということを、私は「正心法語」の中の「宇宙の悟り」の中に書いてあります。 この時点で、人類の移住のときに、いくつかの代表的な動物とか植物とかを地球に持ってきたことも事実なのです。ノアの方舟の伝説の中には、大洪水の際に、ノアが一つがいの動物を連れて逃げたことが語られていますが、同じようなことがあったのです。 ですから現在いる動物たちの一部は、人類が地球に移住してきた時に連れてきた動物の子孫なのです。
幸福の科学 会内頒布小冊子「生命と科学」より(現在は絶版)

2000年ごろ映画「太陽の法」も見た。
このような感じで描かれていたように記憶している。

Youtubeで探したらあった。
 ↓ ↓


それにしても、人類の起源は宇宙人?
他の惑星から肉体を持ってやってきた?
何億年前という気の遠くなるような話であるが、
何となくわかるようなわからないような
煙に巻かれる感じではないか?

では、宇宙人がいるとして、
宇宙人が地球の人類の起源だとして、
その宇宙人は誰が作ったのだ?
宇宙人の生命の起源は?

つまるところ、それは宇宙そのものの起源、
第一原因である「神」に至るのだ。

それが天地創造の神であり、始原の神。

その第一原因たる神を知ることが
すべての始まりである。

そして、旧約聖書(箴言1章7節)に
「神を畏れるは知識のはじめなり」とあるように、
まず神を敬い畏れることから始めるべきであろう。

もちろんエル・カンターレではなくて、
天地創造の神であり、人間の親である神のことね。



以下、統一原理にもとづく私の勝手な解釈

宇宙人というものは存在しない。

神様は物質世界を創られる前に
先に霊界を創造された。

宇宙人のように見えるのは、霊界創造と合わせて
創造された天使のことではないか?

天使はあくまでも神様の天地創造を補助する立場であり、
神様が人間を生み出すための環境を準備されるのに
それを共に協力する役割だった。
下僕のような立場である

神様は、人間を自分の完全な似姿として
創造された。

親は子が生まれる前に家庭環境を準備する。
それと同じように
地球を始めとする全宇宙の自然環境は
親である神様が子である人間を誕生させる前に
準備されたものである。

だから宇宙の中で唯一地球にのみ、
人間が暮らすのにふさわしい環境が整えられている。

人間が神様にとっての希望であり、願いであり
理想である。

だから肉体をもった宇宙人はいない。
神様にとって宇宙人は必要ない。

文鮮明師のことば
「神様はもっとも愛する対象として人間を創られたのに
それ以外に宇宙人を必要とするならば、
それはかわいそうな神様だということになる。」
(先輩から伝え聞いた言葉なので不正確かも。あしからず)


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イエス・キリストは神なのか?大川隆法氏は?

救世主イエス・キリストは神なのか?

イエス=神 とする派と、イエス=人間とする派があるだろう。

イエスは、「神を見せてほしい」という弟子にこう答えられた。
「私を見たものは、父(神)を見たのである。
どうして、わたしたちに父を示してほしいと言うのか」と。

それでイエス=神、創造主と信じるクリスチャンは多い。

私はイエス=人間と考える。
明らかにイエスは神に対して祈っているから。
祈るということは、ひとりごとではない。
自問自答でもない。
相手に語りかけるのだ。

イエスが神に祈るということは
イエスは神ご自身ではないということ。

「天にまします我らの父よ」と祈られた。
「父よ」と呼びかけているということは、
父の前に自分は「子」なのだ。
神とイエスは親子なのだ。
「親子」だから、似ているけど別の存在だ。(当たり前でしょう)。
だから対話しているのだ。

イエスは人間。
ただ、あまりにも神と一体となっているがゆえに、
イエスをみれば神に見える。

心と体のような関係とも言える。
「体」は「第2の心」であるが、「心」自体ではないように、
イエスは「第2の神」といえるが、「神」ご自身ではない。

神の心を我が心として、語り、行動し、
憎まれ貶(おとし)められ無実の罪で殺されても、
人を責めず、愛し許し貫いたイエス・キリストの生涯。

その姿に、神の姿を感じるのだ。

イエス=人間 というのは、イエスの価値を引き下げる話ではない。
むしろ人間はそこまで神と完全に一体となった生き方ができるのだ、
人間はそこまでなれるのだという、お手本を示してくださった。

統一教会信者の私も
当然イエス・キリストをメシヤと信じるし、
尊敬するし、そのような人格を目指している。
できているかできていないかは別としても、そうなりたいと努力している。
温度差はあろうが、クリスチャンであれば皆そうではないだろうか?


ところで、自称「救世主以上の者」と言われる大川隆法様。
大川隆法総裁として現代の日本に下生された最高神エル・カンターレ様、

あなたはどのように神の姿を表してくださいましたか?

罰を与える神ですか?
脅す神ですか?
ちょっと批判されたぐらいで激怒して、
守護霊を呼び出して「お前の本音はこうだろうが~」と
罵倒する神ですか?

どんな神の概念を持つかで、
その信徒の思考や行動は変わる。

本当の神の姿、理想の人間像、
そのお手本を示してもらえない幸福の科学の信者は
かなりかわいそうかも。


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水澤有一さんの音楽CD

昨日書いたが、水澤有一のCDはほとんど持っている。

奉納曲、
瞑想曲、
映画のサウンドトラック。

20枚くらいあるだろうか?

1990年代、支部に講話を聞きに行った帰り、よく買ってた。
支部に行くことがなくなってからは、
もっぱらYahoo!オークションで購入した。

今でも、
Yahoo!オークションで「水澤有一」と入力して検索すると、
いくつか出品されてるのがわかるだろう。

個人的に一番のお気に入りだった(過去形ね)のは「観 1・2」かな。
瞑想曲が好きだった。

一番つまらなかったのが
アンデス風のCD「太陽の息吹」。


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水沢有一さんの音楽は好きだった

幸福の科学は未来型宗教だと
自負しているようだが、
そのイメージ作りに大きく寄与しているのが
水澤有一さんの音楽だと思う。

洗練されたシンセサイザーの曲は
聞いていてとても心地よく癒される。

Youtubeを見ると、いくつかアップされていた。



この曲も、よく部屋で流していたものだ。

人畜無害というか・・・。

映画はもちろんのこと、
幸福の科学のいたるところで水澤さんの音楽が
取り入れられている。

水澤有一さんのCDは、じつは私も
ほとんど全部持っているのだ。

波動がどうこうとか考えない。
悪いものは悪いけど、良いものは良い。

ただ、最近はあまり聞かなくなったかも。


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救世主って何?エル・カンターレって?

大川隆法氏は自称「救世主」であるが
ほんとうにそうなのか、
はなはだ疑問が多い。

幸福の科学公式サイトによると、
エル・カンターレとは、「うるわしき光の国、地球」や「地球の光」という意味で、その名の通り、地球の最高神です。

主エル・カンターレは、地球のすべての神々を導く存在であり、キリスト教的にはイエス・キリストが「わが父」と呼んだ方、イスラム教的にはアッラーです。

そして、主エル・カンターレは、現代の日本に大川隆法総裁として生まれられ、西洋文明と東洋文明を日本という地で融合し、全人類を導く教えを説かれています。


とある。
神と人間との関係、救世主の使命など、かなり曖昧である。

救世主の使命とはなんだろうか?

その中心的な使命として、
神と人を結ぶという役割があるだろう。

人が神を求めていくときに
道になってくださる方。

目に見えず、たずねて声を聞こうとしても聞こえず、
なかなか実感として感じることのできない神様を、
人間に見えるように、聞こえるように
感じるように身を持って教えてくださる方。

それが救世主である。

$幸福の科学を統一教会の信者が見ると

聖書にはこうある。(ヨハネ福音書14章)
「イエスは言われた。『わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。』」

「わたしは道である」とは、
神と人を結ぶ道であり、仲立ちであり、パイプ役である
ということだ。

イエスは、人の心を神につなぐのが私だと言われた。

人間はイエスを通して
神とはこんな方なのだということを知る。

イエスの語られる言葉、示される人格、生き様に感化され
人生を変えていく。

大川隆法氏の生き様を見て
その背後に神様を感じるだろうか?

その人格に神様を感じるだろうか?

そもそも自分自身が神様になってしまっているので
人を神様につなげる役割どころか
人間大川隆法につなげる役割しかしてないんじゃないの?

大川隆法氏がエル・カンターレ宣言をし
自らを神としたことが最大の間違い。


人は、親である神様との関係を回復するなかで
本当の幸福、平安、喜びがある。

人をそのように導くのが救世主である。

文鮮明師の言葉に
「すべての人類が神様を親として暮らすことができる日がくれば、私は死んでもいい」
というのがあった。

残念ながら、その日を迎えずに亡くなられたけれども、
生涯その心で生きられたのだ。


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すでに次の愛人で紫央さんを泣かせている?

やや日刊カルト新聞のコメント欄に、
ほぼ毎日、幸福の科学本部内の様子を淡々と書き込みされている匿名さんが
新たな事実を伝えられた。

この匿名さんは、アイマイミーさんのブログでは「絵日記さん」と命名されている。
それが単なる噂話や妄想でなく、実際の大川隆法氏の動きや職員さんたちの様子を
本部内で観察した情報であることは
その後表に出てくる事実と付きあわせてみればほぼ正確だ。

以下引用

匿名 さんは書きました...

追記
秘書たちは結構、仲間同士ではよくおしゃべりをするのでございます。そのあたりの女性から大悟館の中の出来事が漏れてくることも多いのでございます。特に女性たちの関心ごとは、総裁先生が誰を好きなのか、誰と関係を持っているのかなどの話しでございます。興味本位で語ったり、時には嫉妬を交えて語ったりするのでございます。
ご結婚早々にもかかわらず、すでに別の秘書との噂さえ聞こえてくるのでございます。今に始まったことではないのでございますが、今回ばかりはまだ一ヶ月も経っていない時期にもかかわらずそのようなことがあったように聞こえてくるのでございます。いろいろな問題とあわせ、対応の困難さが予想されるのでございます。
以上です。

2013年1月18日 20:57


ちょっと前に「大川隆法氏近藤紫央さんと結婚したばかりで新しい愛人?」という記事を書いたが、
それが単なる噂話でなく事実であることを、さらに確信させてくれた。

誰のせいでもない、
大川隆法氏自ら、崩壊への道をまっしぐらですな。


ところで、やや日刊カルト新聞では
一番のカルトとして批判されている統一教会だが
最近の批判記事は全然物足りないぞ。

批判のための批判というか、
重箱の隅をつつく話というか、信者には全然こたえない。
「それがどうした?」というレベルのものばかりだ。

というか、幸福の科学があまりにもぶっ飛んでるから
統一教会なんて霞んでしまうのかもな。


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多神教の幸福の科学

エル・カンターレ、エル・ミオーレ、ラ・ムー、エロヒム、
幸福の科学にはいろんな名前の神様が出てくるが、
このたびさらに新しい神様が紹介されたようだ。

6億年前地球文明を創造した始原の神アルファ。そしてそれを支えた大地の女神ガイア。

男性神と女性神?
なんだか東洋の陰陽五行論に近づいてきたな。

$幸福の科学を統一教会の信者が見ると

始原の神とはいうけれど
6億年前ということは、
現代科学でビッグバン以来宇宙の歴史は約137億年となっているから、
もっとその根本の、アルファとガイアの前の神がいるということだよな。

その一番最初の存在、
第一原因となるそのお方を「神」と
はっきり定義してはどうか?

旧約聖書の最初に
「はじめに神は天と地とを創造された」書いてあるその「神」だ。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教で「神」という存在はその神様だ。

唯一神だ。

韓国語で神様のことを「ハナニム」と言う。
「ハナ」とは「一つ」「一番目」まさに初めのお方である。

すべての存在は、その神によって創られた被造物である。

こう考えるほうが、原因と結果の因果関係がスッキリして
より「科学」的ではないか。

天地創造の神、唯一の神が初めであり、
そこからあらゆる存在が創造された。

幸福の科学で言うところの
エル・カンターレもエル・ミオーレもラ・ムーもエロヒムも
それから今回新たに追加されたアルファもガイアも
みんな天地創造の神によって創られた被造物なのである。

それは人間が死んで霊となった姿なのか、
天使という霊的存在なのかは知らないけれど。


いくら始原の神アルファとか言っても
神様の被造物の一つなのだから
いつかは唯一である神様の下に
統合されていくことだろう。

つまりユダヤ教、キリスト教の流れに
幸福の科学も組み込まれざるをえないということ。


ところで、地球文明を創造した始原の神アルファ。
そしてそれを支えた大地の女神ガイア、
その生まれ変わりが大川隆法氏と
このたび結婚した大川紫央さんという設定らしい。


頭がクラクラしてくる。
信者さんもよくついていけてるな~。


「多神教の幸福の科学」ということについては
この記事も参考に御覧ください。
「幸福の科学はなぜ世界宗教になれないか?」


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天の法3カ条は宗教共通の教え

先回、天の法3カ条というものを紹介した。

1.血統問題 (愛の問題)
2.人権問題 (人間関係)
3.公金問題 (お金の問題)

モーセの十戒や仏教でいう五戒も
この3つに集約することができるであろう。

五戒(Wikipediaより)

五戒(ごかい)とは、仏教において在家の信者が守るべきとされる基本的な五つの戒のことで、
より一般的には在家の五戒などと呼ばれる。

不殺生戒(ふせっしょうかい) - 生き物を殺してはいけない。
不偸盗戒(ふちゅうとうかい) - 他人のものを盗んではいけない。
不邪淫戒(ふじゃいんかい) - 自分の恋人・配偶者以外と交わってはいけない(不倫してはいけない)。
不妄語戒(ふもうごかい) - 嘘をついてはいけない。
不飲酒戒(ふおんじゅかい) - 酒を飲んではいけない。


これらは過去から諸宗教で共通して教えられてきたことである。
その普遍性からして人間の頭で考えたものというより、
神から啓示的に与えられた法であると考える。

あの世までも一貫した法であり、
これがひとつの善悪の基準となる。

「姦淫するな」ということは、
ただ肉体的な関係をもたなければよいという次元でなく、
情欲の思いで異性を見るなということである。

「人を殺すな」ということは
言葉や権力で人を傷つけるなということでもある。

「盗むな」ということは
公的なものを私的に濫用するなということでもある。

この世では、外的に行いとして犯した罪が罰せられるが
あの世ではそれのみならず、
心までお見通しなので、心で行ったことも
罪として審判されるのである。

「行いは律法を守っているとして、
では心のなかはどうなのだ!」と
激しく当時の宗教者を批判して
迫害され十字架にかけられたのがイエス・キリストである。

イエス・キリストは、
行いだけでなく、心の中までも清くあることを求めた。

私たちも、この世だけでなくあの世でも幸せに生きようと思えば
心のなかの基準まで求めるべきだと思う。

もちろん、他人に要求することでなく
自分自身に対して努力することだ。

幸福の科学も初期は
正しき心の探求、人生の大学院ということで出発したはず。

「おおっ、ライバル登場!」と思い、
刺激になって良かったんだがなあ・・・。

漏れ伝わる大川隆法氏や教団のようすによれば
何とも情けない状態になられたようだ。


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誤った霊界観で苦しんでいる幸福の科学信者?

種村さんのブログ記事で以下の記述が気になった。

「さらに「仏説降魔経」により、幸福の科学の教えや活動、さらには教祖に疑問をはさむことが「阿鼻叫喚 堕地獄への道 避けがたし」と教え込まれているため、多くの信者は恐怖心でがんじがらめになっています。」

ここには幸福の科学の霊界観の誤りを感じる。

いったい大川隆法氏が絶対善の基準であるというのか?
幸福の科学の教えや活動、教祖に疑問をはさむと
地獄に落ちる?
とんでもない!

天国か地獄かの基準はもっと普遍的な法であり、
それを定められたのは天地創造の神様であり、
それが絶対的な基準ではないのか?

その法によって善悪が判断される。
それは人間大川隆法氏の基準ではない。

どれほどその絶対的な基準に従って生きたかで、
天国にも地獄にも分かれる。

「統一教会の教育目標は天国に合格できる人を作ることだ」という
文鮮明先生の言葉がある。

神様の基準に合格できる人間になれということだ。

教祖であれ、その家族であれ、
天国に行くか地獄に行くかは天の法に従って決定する。

教祖だからと言って、自分の都合の良いように天の法を曲げられるはずがない。

ちなみに統一教会でいう天の法3カ条は
1.血統問題 (愛の問題)
2.人権問題 (人間関係)
3.公金問題 (お金の問題)
の3つ。


例えば不倫は1に引っかかる。
人事で人の心を傷つけると2に引っかかる。
信者の貴い献金布施を自己中心的に使うと、3に引っかかる。

この3つの基準によって、あの世では裁かれるというわけだ。

この世でもスキャンダルといえば金と女と不正人事、大抵この3つだ。

教祖に不信したから阿鼻叫喚地獄なんて怖がらないで、
3つの法に照らしてどうかをふりかえれば、
霊界でどの辺に行くのか自分自身でわかる。

というか、信者が天の法を守り天国に行けるよう導くのが宗教のはず。

仏教でもキリスト教でもイスラム教でもそうだ。

幸福の科学はどう?

大川隆法氏を仏陀、エルカンターレと信じてさえいれば天国に行くの?
それを不信することが地獄行きになるの?

かなり無茶な教えではないかい?

善良に生きた人が行くところが天国でしょう?

大川隆法氏と幸福の科学が絶対的な善で、
そのための行いだったらどんな悪事であっても霊界では善になる?

そんなヘンテコな霊界観を持ってるんじゃないかと心配になる。

大川隆法氏を仏陀と信じて天国に合格できるように
なれるのならいいけど、
たとえ信じても、熱心に活動、貢献してても
天の法に反した生き方をすれば行き先は地獄だ。

でも、そう思うと
支部活動で批判を許さないとか
本部の方針に意見するだけで左遷されるとかいう
アンチ氏らの告発に、辻褄が合ってくるのだ。

善悪の基準がおかしくなってしまってる。

3つの天の法に照らしてみると
大川隆法氏なんて一番成績が悪いんじゃないかい?


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一念三千と波長同通の法則

このブログで最近、
生まれ変わりや前世はない
ということを書いて批判しているが、
批判ばかりでもない。

幸福の科学の教えのなかで
「一念三千」とか「波長同通の法則」というのは
共感できるし、わかりやすい表現だと思う。

波長同通の法則というのは、
似たものどうしで縁を持つとか
似たものを引き寄せるという考えだ。

笑う門には福がくるというのもそうかな。

また「強烈な思い」「念」というものは
三千世界のあらゆるところに通じるということ。

三千世界 意味(goo辞書 四字熟語辞典より)
全宇宙、この世のすべて。仏教でいう世界観で、須弥山しゅみせんを中心に、周囲に四大洲があり、その周りに九山八海があり、われわれの住む小世界を形成し、この一つの世界を千合わせたものを小千世界、小千世界を千合わせて中千世界、さらに中千世界を千合わせて大千世界。この大千世界は千が三つ重なるので三千大世界、略して三千世界という。この三千世界が一仏の教化の及ぶ範囲とされた。俗に世間の意に用いられることもある。



自分の心境によって、思いは天国にも地獄にも通じる、ということだろう。

違ってたらコメント欄にてご指摘いただければと思う。

怒りや嫉妬の思いが強いと、そのようなものを引き寄せる。

私も、まず自分自身の心を整えないと・・・と
そのように努力しているところだ。


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生まれ変わりでなく霊界からの働きかけでは?

最近再婚された近藤紫央さんは坂本龍馬の生まれ変わり?
とされている。
教義の違いを見つけて批判するのはよくないとわかっている。

でも幸福の科学は、とかく

前世が誰とか
誰の生まれ変わりとか
必要以上に強調しすぎじゃないかと思う。
高校の歴史の授業でも
歴史上の人物を
誰の生まれ変わりとか教えているというから大変なものだ。

まさか「大政奉の立役者、坂本龍馬はいま
大川紫央総裁補佐として
生まれ変わっておられます」
なんて学校で授業するのかな?

たしかに、国を変える 立て直す、
そんな念を強く持っていることで
共通する故人の霊が来て働きかけてくることはあると思う。

「この国を何とかせにゃいかん」と
国の行く末を憂い、真剣に考えていたら
坂本龍馬の霊が来て助けてくれることがあるかもしれない。

インスピレーションを下ろしてくれるかもしれない。

でも、ずーっと自分のところにいて指導してくれると思ったら
それは間違い。

あったとしてもそれは一瞬のことだろう。

ましてや「生まれ変わり」なんて
いい加減にしてほしいと思う。

前妻のきょう子夫人のときは、
文殊菩薩、アフロディーテ、ナイチンゲールが前世だったのが
離婚前はイスカリオテのユダになってた。

めちゃくちゃですな。

私が善意で解釈すると、
きょう子夫人が調子の良い時は
文殊菩薩やアフロディーテやナイチンゲールの霊が
霊界から助けてくれてた。
でも不信してからはイスカリオテのユダが霊界から頼ってきて
働きかけてきた。

「生まれ変わり」でなく
「霊界からの働きかけ」と考えると理論的に大丈夫なんだけどね。


余談ながら、
坂本龍馬の霊言は
自分の一番のお気に入りだった。

特に坂本龍馬の霊言講義。

「坂本龍馬がここに来ています。
話している最中からいろいろ声をかけてきて
大変だ。カレの言葉が混じってしまう」

なんて言ってて
これは本当にそうかもしれないな
と思うような面白い内容だったよ。

その中でも「いつか政治にも進出する」と言っていたし。

大川隆法氏の人格はともかく、
高い霊が来て話しかけてきていたというのは
本当だったと思っている。

それがだんだん傲慢になり
堕落してしまった・・と私は考える。

善川顧問がしっかりと監視されているときは
良かったんだろうけどな。


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輪廻転生の嘘

前世は誰で・・・とか、
誰の生まれ変わりで・・・とか
アンチとなって退会した人でも依然として
幸福の科学の思想にハマっている人は多いようだ。

人間は輪廻転生しているという前提で
その思考回路の中で考えるクセが抜けていないとみえる。

それが真理ならそれで良いのだが
それが真理でなかったとしたら
人を惑わす危険な思想であると思う。


神は唯一絶対の方。
神と人間は親子。
だから神の子人間も
それぞれが唯一絶対の
かけがえのない存在である。

一人ひとりはまったく別の存在であり、
それぞれが神の似姿であり
神の愛の対象である。

統一原理では、そう教える。

そして地上での人生は一度きりであり、
地上を去ったあと霊として永遠に生きるが、
やり残したことは
血縁や信仰などを共通点として
地上に生きている人のところにくる。
その人の人生を助けることで、
霊も地上人と一緒に成長する。

そのように考える。

これが一見「輪廻転生にみえる現象」として表れる
というわけだ。

たとえば、ある故人の霊が頼ってきた場合
その人の言動が、その故人に似てくることがあるだろう。
それを見て故人の「生まれ変わり」と思うかもしれないが
決してそうではないというわけだ。

仏道修行に励む人のところに
釈迦牟尼の霊が来て
色々と悟りのヒントを教えてくれたり
導いてくれたということもあるかもしれない。

しかしそれは決して釈迦牟尼の生まれ変わりではなく
釈迦牟尼が指導してくれたということだ。

大川隆法氏も、初期のいっときは釈迦牟尼が来て
指導してくれたことがあったかもしれない。
悟りへと導いてくれたこともあったかもしれない。

しかしそれは永続的なものではなく
自らに厳しく修め続けなければ
その境地を持続することはできないだろう。

不倫をしたり、人をあごで使ったり、贅沢三昧の生活をしたり
さらにそれを正当化したりしていては
釈迦牟尼仏が指導してくれるどころか
権力をほしいままにして亡くなった色情霊、
権力者の霊にとり憑かれてしまうだけだろう。

やや日カルトさんに書かれていた書き込みも
さもありなんという感じだった。
以下引用。

匿名 さんは書きました...館長のLOG BOOK「俺にも書かせろ」
そういえば昔、活動推進局長やってた白木さんのこと思い出したよ
大伝道期っていうんで、何でもかまわず伝道しまくれって、変な団扇を振りかざしてた頃のこと思い出したな
いえね、話しはそのあとのことなんだけど
とっくに還俗して、九州のほうで会ったことがあったんよ
そしたら「わしゃ、大川隆法はもうただの人になっっちゃったと思うとるんや。霊能力はとうに無くなっとるし、憑いてるもんも変なもんが憑いとるんや。」
変なもんって何ですか?と訊きましたらね
白木さんが「蛇や、蛇」といってね
そんときゃ、半信半疑だったんよ
白木さんも霊能者と一緒にいたんで、見えてることをしゃべったんよ
この話し九州じゃ知ってる連中も多いと思うよ
ホントのこと言えばね
他の霊能者も同じこと言ってるんよ

そんなの見える会員さんもいてね
それで会を辞めた人もいるんよ
2013年1月6日 10:39




人間は神の子としてそれぞれが独立した魂であり
過去にも現在にも未来にも二つとない、唯一無二の存在である。

それを「魂の兄弟」とか、
「魂は本体1・分身5の6人1組のグループで順番に生まれ変わっている」とか
荒唐無稽な理論だと思う。

前にも書いたことがあるが、
輪廻転生という思想を持つことが
人を「幸福」にしているのか、それとも「不幸」にしているのか?
その現実が、何よりも転生輪廻の間違いを証明しているのではないだろうか?


(※追記)幸福の科学草創期に「前世は釈迦の第一弟子である舎利仏」と言われた種村修さんが、その後の苦しみを赤裸々にブログにつづられている。

しかも2012年、「その前世は間違いだった」と否定され、人格攻撃までされる。
いったい何なのですか?


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大川隆法氏近藤紫央さんと結婚したばかりで新しい愛人?

アイマイミーさんのブログに以下の記述があった。

「大川よ、新妻をえたのにまた、新たな愛人を作ったらしいが(誰かわかってるけどね)、そんなセックス中毒に陥ってる場合じゃないぞ! お前自身が生き残れれるかの瀬戸際なんだぞ! こんなことアンチに言われて恥ずかしくないのかい(大爆笑)」

ま・・・まじっすか?
絶句した。

近藤紫央さんと結婚したばかりと言うのに、もう新しい愛人?

仏陀再婚ということで、新たな出発、
身を固めるのかなと思って
お祝いの気持ちを先日書いたが、
新しい愛人、それが本当なら取り消す。

大川隆法氏よ。
あなたは鬼畜だ。
世界中の女性の敵だ。

以前幸福の科学の支部に行った時
そこの支部長に叱られたことがある。
「統一教会のあなたたちのせいで、
新興宗教の評判を落とされて、
自分たちまで伝道しにくくなった。
だからあなたたちの団体は潰さないといけないんです」と。

「はあ?それって責任転嫁じゃ?」と思ったが、
その言葉、いま、そっくりそのまま
幸福の科学さんにお返ししたい。



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幸福の科学はなぜ世界宗教になれないか?

週刊文春を立ち読みして
再婚されたお相手、近藤紫央さんのお顔を拝見した。

このブログに写真が掲載されている。

雑誌の記事中に幸福の科学広報局の見解として
「世界宗教への体制が整った」とあったが
とんでもない!!と思う。

今日は、幸福の科学の教義をふまえ、
大川隆法氏の愛人疑惑はなぜ出てきたのか?
なぜ世界宗教になることができないのか?

それを思想的な観点から書いてみる。


西洋文明の2大潮流として対比される
ヘレニズムへブライズムという2つの要素がある。

ヘレニズムはギリシャ的な思想や文化に由来する精神。
(辞書参照)
オリンポスの12神のように多神教が特長である。
人間の理性を重視する。
中世のルネッサンスはヘレニズムの復古運動だった。
そしてこれが大事なところ、性に対して寛容だ。
(フリーセックス、同性愛もあり?)


一方へブライズムは
旧約聖書などにみられる
古代イスラエル民族の思想や文化に由来する精神。
唯一絶対の神を信じ、
旧約聖書、新約聖書を経典とするキリスト教の源流になっている。

神と人間の区別が明確にされている。
人間も自然界も唯一神によって造られた被造物である。

天地創造の唯一神という絶対的な存在があるので
善悪がきわめて明確であり、
性に対しては、厳格である。

たとえば旧約聖書モーセの十戒には
主が唯一の神である
姦淫をしてはいけないとある。


さて、幸福の科学はどちらの流れだと思うだろうか?
私は多神教のヘレニズムの流れだと思う。

全国各地に建てられている支部等もギリシャ神殿風だし、
次々に出される霊言も
多神教の証明といえる。
前世は◯◯時代の△△という発想も。
みんな人間が神様になってしまっているではないか。

↓もろ、ギリシア神話


大川隆法=エル・カンターレ、地球神、天地創造の神なんて
あまりにも無理な設定であるし、
神と人間との関係が理論的に混沌としている。

たとえば、ユダヤ教徒、キリスト教徒が
この設定を理解する(受け入れる)とはとうてい考えられない。

世界宗教から見ると、大川隆法氏は
よく言って、神の言葉を預かるいち預言者といえるくらい。
悪く言えば、そのあたりのあやしげな霊能者、霊媒師にすぎない。

雑多な神様を祀る怪しげな霊能者、
そのくらいにしか見えないのではないだろうか?

そんな幸福の科学が、唯一神を信じるユダヤ教、キリスト教を
どうして包容することができるだろうか?

思想的背景から考えて、
幸福の科学が世界宗教になることは絶対にありえないといえる。

幸福の科学はヘレニズムの流れ。
だからこそ、性に対しても寛容、いや、ひじょうにルーズなのです。


アンチサイトを見ると、大川隆法氏にたいして
「人格異常」と批判されていることが多いのだが、
いろいろなスキャンダラスな話題がでてくるのも、
この思想的背景があってのことだと思う。


統一教会はどうなんだ?
統一教会だっていろいろ問題があるじゃないかと言われそうだが、
統一教会の教義は、旧約聖書、新約聖書の土台の上にあり、
ヘブライズムの流れにある。

性に対しては、どこよりも厳格だと思う。
祝福結婚式は、永遠の相対と永遠の愛を誓う場である。
お互いに絶対の貞操を誓う。
もちろん、それを全うできるかどうかは本人の責任。
守れない人もいる。

イエス様は「右の目が罪を犯すなら、右の目を捨てるほうが良い」と言われた。
「女をみて情欲を起こす者は、すでに姦淫を犯したのだ」と。
見て、思うだけでもダメだと。
それほど厳しいのが本来のキリスト教の教えだ。

そして統一教会では、その基準をまじめに目指している。
他の異性には目もくれなくなるほどの
夫婦の愛を目指せというわけだ。

世の中からは、「何を今どき」と笑われたり
「信じられない」と驚かれるだろうけど。

世の中の常識に逆行しているかもしれない。

でも、当の本人としてみれば、心はけっこう平安なのだ。
だって夫婦がお互いに疑う必要がないから。

「絶対純潔」これが本当の幸福の科学(幸福の秘訣)だと思う。


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幸福の科学大川隆法総裁へ 仏陀再婚をお祝いする

仏陀再誕」ならぬ「仏陀再婚」で
幸福の科学のアンチサイトは盛り上がっている。

週刊新潮週刊文春でも写真付きで
さっそく紹介されたようだ。

前妻きょう子さんとも離婚が成立し
あらたに新妻をめとられて家庭出発ということで、
お祝い申し上げる。

私は単純に、
新妻はどんな気持ちだろうか?
新妻の両親はどんな気持ちだろうか?
と考えてしまった。

家庭ユートピアを謳われている幸福の科学ならばなおのこと、
どうか新妻の近藤紫央さんと
幸せな家庭を築かれるようにと思う。

こんどこそ、若い奥様を
しっかり幸せにしてあげてほしいものだ。

まさか、愛人たちも一緒ということではないだろう。

結婚したからには
妻だけを愛すると誓わなければならない。

夫婦の間で、愛を裏切るほど
相手を傷つけ、不幸にすることはない。

お互いの貞節を約束できないのならば
いくら地球神エル・カンターレといえど
結婚する資格はないと思う。

一人の妻も幸福にできずに
何が「幸福の科学」だとなってしまうではないか。

それにしても、29才も年上の男性を夫とし、
ほとんど自分と年齢の変わらないような子どもたちが5人もいて
紫央さんも大変だろう。

それから、教団幹部や信者の目、世間の目にさらされる
公的な立場でもある。

大川隆法さん、若い純粋な女性を
絶対に泣かせるなよ。


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幸福の科学との出会い

幸福の科学を批判すると、よく言われること。

「そういうあなたたちはどうなんだ?」
「もっと悪いじゃないか?他人のこと言えるのか?」

はい、そのことに対して弁明しません。
さんざん悪口言われてきたもので、慣れてしまった。

また、教えがどうかということと、
行いがどうかということは別なので
教えが良くても行いが悪くて批判されることも多い。

自らを正さないといけないことはよくよくわかっている。

じゃあどうして大川隆法氏と幸福の科学を批判するのかというと、
「人のふり見て我がふり直せ」
この言葉に尽きる。

私が統一教会に入ったのは、約30年前で
大川隆法氏がサラリーマン時代、
善川氏を通して最初の「日蓮の霊言」を世に出す
それよりも前のことだ。

幸福の科学を知ったのは1988年頃。
統一教会に通い、その教えを実践しつつも、
けっこう厳しい教えに息切れして
ついて行くの大変だな~と疲れていた時だ。

統一教会では、酒もタバコも禁止されている。
実際まわりのほとんどの信者はその通り実践しているし、
私も約30年間そうしてきた。

特に女遊びなんか絶対ダメ。
それが人間堕落の原因という教えだから。

自分でもちゃんと教えを守ってきたけど、
教えの求めるレベルの高さに
たまに息苦しくなることがあって、
そんな時は教会の本を読むよりも
幸福の科学の本を読むと「ほっ」とするというか
癒される感じがあったんだな。

自分の心が元気な時は、教会の教えは苦しくも何ともなくて
当たり前のような感じで、幸福の科学の本は全然ものたりないんだけどね。

あれは1988年だったか、
教会の信者仲間が、営業の仕事で出会ったお客様から
「太陽の法」の文庫本をもらったということで私にくれたんだ。
「自分は読まないけど、興味ある?あげるよ」ということで。

内容は忘れたが、愛は与えるもの・・・そんな話に共感したことを覚えてる。
教会とおなじようなこと言ってるなと思った。

それから20数年、幸福の科学のことはずっとウォッチしてきた。
出版されるほとんどの本は読んだと思う。
(ただこの3年ほど、霊言中心になってからは読むのをやめた。
中身がないし、読むと頭が痛くなるから。)

そして恭子夫人との騒動が起きたあたりから
幸福の科学の動向が、がぜん面白くなってきた。

宗教団体の興亡盛衰を目の当たりにするようで
下手な小説より面白いとおもう(失礼)

今年も幸福の科学の動向から目が離せないと思う。
そして自らも反面教師としてしっかり学ばせてもらいいたい。


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